「RENOVATION CASE STUDY BOOK 2」

リノベーションは建物単体の再生にとどまらず、街の活性化、コミュニティーの再生にも大きな役割を担っている。

「リノベーション ケーススタディブック 2」は、全国各地の店舗、文化施設、オフィス、宿泊施設、住宅の38の事例を紹介している。

巻頭特集は、リノベーションによる街の活性化に取り組む北九州市小倉、尾道市旧市街地、長野市善光寺門前を取り上げコミュニティ再生におけるリノベーションの役割、成功の秘訣を探っている。

既に見に行ったものも多く紹介されているが、遠方の為 中々行く機会がない兵庫県の豊岡・城崎温泉・出石に出向きたいと思った。

「ムーミンバレーパーク」2019年春グランドオープン!

小さな発見に満ちた北欧時間の流れる森と湖「メッツァ」・かねてより埼玉県飯能市に建設が予定されていたムーミンのテーマパーク。12月6日開園スケジュールやパーク内施設についてプレス発表がありました。

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北欧のライフスタルを体験できる「メッツァビレッジ」2018年秋開業
ムーミンの物語を主題としたゾーン「ムーミンバレーパーク」2019年春グランドオープンと二回に分けてオープンするそうです。

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【画像は、メッツアサイトから】

「メッツァビレッジ」は、「本質的なこころの豊かさの発見」をコンセプトに、「挑戦」「創造」「共有」「解放」「探求」「想像」という6つの体験価値を提供する施設になるそうです。

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「ムーミンバレーパーク」には、ムーミン屋敷はもちろん、水浴び小屋、エンマの劇場、海のオーケストラ号、おさびし山の天文台などが設けられ、ムーミン原作の物語世界をたっぷり楽しめるものになるそうです。

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又、メッツァビレッジには宿泊施設やグランピング施設が用意され、滞在してゆっくり楽しむこともできるようです。

詳しくは、下記のメッツア公式サイトで

メッツア

「天災から日本史を読みなおす」磯田道史著

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「武士の家計簿」「無私の日本人」の歴史学者・磯田道史氏の「天災から日本史を読みなおす~先人に学ぶ防災」をいっきに読んだ。

地震・津波・火山噴火・異常気象。史料・古文書に残された「災い」の記録を丹念にひも解いている。

著者は若い時から災害に係る史料を収集していたとある。東日本大震災のあと、防災に係る本は沢山だされたが、この本は人間が主人公の防災史の本であり、災害から命を守る先人達の知恵と工夫が満載されている。

建築法も 近代以降に限ってみても国内外の災害に対応して修正されてきた経緯がある。

さて現代の建築基準法では、地上部分の地震力は、当該建築物の各部分の高さに応じ、当該高さの部分が支える部分に作用する全体の地震力として計算される。具体的な数値は、当該部分の固定荷重と積載荷重の和に当該高さにおける地震層せん断力係数を乗じて計算する。(Q=Ci・ΣWi)

地震層せん断力係数は、Ci=Z・Rt・Ai・Coで算出する。

そのうち地域係数Zは、「その地方における過去の地震の記録に基づく震害の程度及び地震係数活動の状況その他地震の性状に応じて1.0から0.7までの範囲内において国土交通大臣が定める数値」である。(令第88条、昭和55年建告第1793号)

熊本市はZ=0.9、八代市・水俣市・宇土市はZ=0.8である。

先般地震があった函館市もZ=0.9で軽減されているが、今後この地域係数は変更されるのだろうか。ちなみに東京はZ=1.0 で沖縄県がZ=0.7

これら軽減地での今後の耐震診断・耐震補強において地域係数Zは軽減したままで良いのだろうか、と ふと考えてしまった。

子供の貧困問題~放置すれば経済損失2.9兆円 日本財団

「子供の貧困問題:放置すれば経済損失2.9兆円 日本財団」というショッキングな記事が、毎日新聞12月3日号で報じられていた。

http://mainichi.jp/select/news/20151203k0000e040222000c.html

「研究は、今年7月~11月、日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティング(東京都)が実施した。15歳の子ども約120万人のうち、ひとり親家庭の15.5万人、生活保護家庭の2.2万人、児童養護施設の0.2万人の計約18万人を対象とした。子どもの時の経済格差が、学力や進学率の教育格差を生み、将来の所得に影響すると推定し、現状のままの場合と教育格差を改善した場合を試算した。

 大学や専門学校などへの進学率は80%に達しているが、貧困世帯の子どもは32%にとどまる。18万人の就業状況を推定すると、正社員は8.1万人、非正規社員3.6万人、無職4.8万人などとなり、現状では64歳までに得る所得の合計は約22.6兆円だった。

 一方、何らかの対策が行われ、高校の進学率、中退率が一般家庭の子どもと同じになり、大学などへの進学率が54%まで上昇したと仮定すると、正社員は9万人に増加し、非正規社員は3.3万人、無職は4.4万人に減少して、合計所得は約25.5兆円に増えた。

 所得が増加すれば、国に納める税金なども増える。税と社会保険料の個人負担額から、医療費や生活保護費などの給付額を差し引いた「純負担額」は、現状では約5.7兆円だが、改善すれば約6.8兆円になった。

 厚生労働省によると、17歳以下の子どもの貧困率は16.3%(2012年)で過去最悪を更新し、6人に1人が貧困状態にあるとされる。日本財団は「子どもの貧困を経済的観点から見た調査はこれまでなかった。国民全体の問題と捉え、官民の対策の後押しになれば」としている。【黒田阿紗子】」

外国の子供の支援をしているどころではなく、足元の日本の子供たちの貧困が危ぶまれているのだ。慈善事業に頼ることなく、緊急に経済対策としても取り組まなければならない。

日本建築学会住宅系研究報告会・10th

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異質なものに触れると脳が活性化され認知症予防になるからという友人の誘いで日本建築学会の第10回住宅系研究報告会に行ってきた。

たまに電車に乗って出かけると、目で見るもの聴くもの全てが刺激的だ。

田町の建築会館に来たのは何年ぶりだっただろうか。

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この住宅系研究報告会は、建築計画委員会・建築社会システム委員会・都市計画委員会・農村計画委員会が共同で開催しているらしく、購入した論文集も豊かな内容だった。

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第一日目の午後の部である、セッション2「集落の地域性と空間構成」とセッション3「復興とすまいの諸相」、パネルディスカッションの「地域に『住ま・ふ』ためのストック考~住宅系研究の次の10年を見据えて」のみの参加となったが、それぞれ報告者との質疑回答も活発で楽しく聞かせてもらった。

通常、住宅系の仕事には触れていないので、友人の言うように異質のものに触れると確かに脳の活性化にはなるようだ。

歴史的価値か経済的合理性か・・九州大学箱崎キャンパスの場合

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福岡市東区箱崎6丁目にある九州大学箱崎キャンパスは、九州帝国大学・同工科大学の設置に伴い1911(明治44)年に開設された。同キャンパス内には長い歴史を物語り、大正から昭和戦前・戦中にかけて建てられた近代建築が数多く残っている。今では同時期の建物が多く現存していない日本では、九州大学箱崎キャンパスの建築群は、歴史的建造物として大きな価値を有している。

箱崎キャンパスは福岡市西区と糸島市に跨る伊都キャンパスへの2019(平成31)年までの移転が予定されており、これらの建築群の将来が危ぶまれている。

そうしたなか2012年、移転後の取扱いについて方向性を探るべく、主要な近代建築を対象として有識者による調査が行われた。(九州大学箱崎キャンパスにおける近代建築物の調査ワーキンググループ)

これによって保存活用への道が開けたものもあれば、逆にその後解体撤去されたものもあり、建築群の将来は移転計画が進むにつれて明暗が分かれ始めている。

「九州大学箱崎キャンパスにおける近代建築物の調査ワーキンググループの評価報告」(2012年、H24.12.25、第5回九州大学跡地利用将来ビジョン検討委員会参考資料より)によると、近代建築物の客観的評価として以下の4つの大項目、7つの中項目を設定している。
■歴史的評価

1、大学の歴史的経過と結びついた価値評価
2、 社会、時代の歴史的経過と結びついた価値評価、産業遺産など

■建築学的評価

1、建築の意匠史的側面からの価値評価、様式、近代建築、モダニズム建築、インテリアデザイン、営繕の制度的評価

2、 建築の技術史的側面からの評価、構法、素材、建築設備、環境配慮など
■文化的評価

1、社会全般に対する文化的資産、芸術性、社会性、シンボル性
2、地域の文化資産、地域景観資産としての評価、地域への貢献

■再活用度評価

1、街づくりとしてのランドマークなどの利用価値評価、敷地、敷地建物としての再利用のしやすさ

各建物の評点の他に、耐震性能(Is値)、コンクリート中性化深さの平均、コンクリート圧縮強度が示されている。

この中で「安全性に問題有りと認められる近代建築物」として、「コンクリート圧縮強度が13.5N/m㎡以下もしくはコンクリート中性化深さ(平均)が40mm以上の建築物もしくは施設の特殊性から再活用困難とされる建築物」と位置付けている。

古い建物の再生に関わると歴史的価値か経済的合理性か悩む日々が続く。

関門景観

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「写真は関門橋」

「関門海峡は、下関市と北九州市に挟まれた、響灘(日本海)と周防灘(瀬戸内海)を結ぶ「六連島」から「串崎」までの全長約27.8kmの区間をいいます。対岸との距離が最も狭いところは幅650mほどしかなく、そこを1日700隻もの世界各国の大小さまざまな船が絶え間なく往来します。」とある。

下関と北九州という県も異なり、海で隔てた地域で、ひとつの景観条例を制定しているのを北九州市に行って初めて知った。

関門景観条例において「関門海峡並びにそれに面した地域における山並み等の自然環境、歴史や文化が薫る街並み及び人々の活動により構成される景観の総称をいう。」と定義されている。

今回訪れたのは、関門景観条令の中の「門司港レトロ地区」。方針は「海峡が育んできた歴史とロマンを感じさせ夕日に映える港町の景観となることを目指す。」とある。

今度は、是非下関側にも行ってみたい。

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写真背景は、今は亡き黒川紀章氏が手掛けたタワー分譲マンション。最上階に門司港レトロ展望室がある。

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関門景観ポータルサイト
http://www.kanmon-keikan.com/

各地の景観条令を集めている

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全国各地の景観計画・条令に関心があり出張に出掛けるたびに景観関係の資料を集めている。上は京都市で購入した「京都市景観計画」という冊子

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京都市の都市デザイン課でもらった「建築物等のデザイン基準」(京都市サイトからPDFでダウンロードもできる)。京都市では大きく8地区の景観整備地区を設けている。山ろく型美観地区・山並み背景型美観地区・岸辺型美観地区・旧市街地型美観地区・歴史遺産型美観地区・沿道型美観地区・市街地型美観形成地区・沿道型美観形成地区であるが、歴史遺産型美観地区は、さらに11地区に細分化されている。

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上は、市民向けのリーフレット

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上は金沢市のまちづくり条例・景観関係の冊子。景観関係の条令を概括しているような冊子があれば欲しいという注文に、市の担当職員が探し出してきてくれた。

年に何度も顔を出していると、若い職員とは結構顔見知りになる。

ところで

空間デザインや建築形態を理解する上で、建築家・クライアントの意志は、決定的な要素だが、それらも建築を巡る社会システムに影響されてきた。

近世以降は法令が直接的な規制を与えてきている。例えば「梁間規制」は新築される建築の規模を一定限度に抑制するものだし、都市防災を目的とした屋根材等の指定法令は数々ある。

現代では、建築基準法とともに景観法・条令は、建築を巡る社会システムとして極めて重要な影響をあたえるものだと思う。

しばらく各地の景観条例を収集することは続く。

鬼子母神

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一般的には鬼子母神(きしぼじん)と呼ばれているが、御堂の看板を見てもらうとわかるように、漢字の「鬼」の上に角がないのが正式で、「きしもじん」と読むのが本当との事。

鬼が改心して角が取れたというのが理由とか

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この辺りは、平日の日中は、人が少なくのんびりと散歩するのには、打ってつけ。池袋駅前から少しあるくと、昔からの静かな街が広がる。

都電荒川線・鬼子母神駅を挟んで鬼子母神とは反対側の地域が「雑司ヶ谷・南池袋地区」として4月に木密地域不燃化特区に指定された。東京にいると街が大きく変わっていく様を実感する。

昔は、よもや池袋に住むことになろうとは思ってみたこともなかったが、ただただ交通の利便性が良いと言う理由だけで住み続けているようにも思う。

豊島区は大型再開発に熱心なあまり、国からの「保険基盤安定繰入金」(予定額5億7300万円)を一般会計に入れて法定外繰入金を圧縮するために横流しするらしい。ということで国保税もまた値上がりしたし、介護保険料も値上げする等住民サービスはあまり良くない。

「賃上げの 花が舞い散る 物価高」かな・・

告示建築線

築基準法の末尾にある「附則」に注意を払ったことがありますか。

(この法律施行前に指定された建築線)

5 市街地建築物法第七条但書の規定によつて指定された建築線で、その間の距離が四メートル以上のものは、その建築線の位置にこの法律第四十二条第一項第五号の規定による道路の位置の指定があつたものとみなす。

建築基準法は、昭和25年11月23日から施行されたが、それ以前には「旧市街地建築物法(大正8年4月法律第37号)」が施行されていた。というのは先日、文化住宅=旧高田邸の時に書きました。

それで市街地建築物法から建築基準法の附則を思い出した次第で、古い法律が現代でも生きているという事例。
告示建築線とは、「旧市街地建築物法第7条但書」に基き、行政官庁(東京府では警視総監)が告示により指定した指定建築線。

建築物を建築線より突出して建築することはできないとされていた。また全く道路のないところに指定されることも少なくなかったようです。

かつて警視総監の名前で告示されたその間の距離が4メートル以上の指定建築線は、現在は、建築基準法第42条第1項第五号の規定による道路(いわゆる位置指定道路)として扱われており、たとえ道路状に整備されていなくても、その上に建築物を建築することはできないと定められています。

東京では中野区等、大阪では船場建築線というのが有名です。

この告示建築線、法律的には中々面白いというか、味わい深いしろものです。

 

文化住宅と建築法令

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3月8日の旧高田邸の詳細調査に参加して、築85年(1930年頃)の木造住宅としては、中々構造体はしっかりしていたのではないだろうかという感想を持った。

外部立面の採寸と立面図の作図が主要な担当だったので、他の調査者を時々覗く程度だったし、早計なことは言えない。詳しくは全体の調査資料が調査参加者に後で配布されるようだから、その調査資料をみてから再度検討してみたい。

この構造体の部材寸法、施工方法などは、大工さんの個別の経験的な裏付けに基づく技量によるものだろうか。あるいは 何らかの現在の建築基準法・施行令に規定されるような社会的な規定(定義・構造規定)があったものだろうか。

よく知られている事だが、現在の建築基準法(昭和25年法律第201号)の前は、市街地建築物法(大正8年・1919年公布)があった。それは建築基準法が定められる前に存在した「市街地における建築を規定する法律」であった。当時、国立市は東京府下なので、直接的にはこの建築法令の適用外となる。

木造の法的な規定(案)は、市街地建築物法(大正8年・1919年公布)ができる以前の、明治27年(1894年)の東京市建築條例案(東京市区改正委員会・妻木案)や、大正2年(1913年)東京市建築條例案(建築學會)に見ることができる。

明治39年に東京市長・尾崎行雄が建築學會に建築條例の作成を依頼して、6年半の歳月をかけて大正2年(1913年)に238条からなる東京市建築條例案(建築學會)と途中案4編、諸外国条令資料16種を東京市に提出した。

それが先に書いた大正2年(1913年)東京市建築條例案(建築學會)である。

そこには大正・戦前昭和の文化住宅と建築法令(構造規定等)についてのみならず、現在の建築基準法につながる規定が網羅されている。

例えば木造の構造関係の規定は、下記のような事が記載されている。

  • 土台は柱と同寸以上の角材で
  • 上下横架材距離に対する柱の小径の割合は、階を下るごとに増加
  • 柱の欠き取りは1/3まで、やむ得ない場合は鐵具を附加
  • 筋違を壁体に配布する
  • 小屋裏、天井上、床下が木造の時は換気孔を設ける
  • 柱は上下に大きな枘を有してはならない。
  • 等々

これらの規定は、「木造耐震家屋構造要領」(明治28年)、「家屋耐震構造要便」(大正4年・佐野利器)と類似しているものが多いと言われているので、大正2年(1913年)東京市建築條例案(建築學會)に規定されている木造の構造規定は、ある程度、業界内に普及していたのではないだろうか。というのは私の推論。

旧高田邸詳細調査

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国立市にある築85年の文化住宅・旧高田邸の詳細調査に参加してきた。既報のように国立市民等のプロジェクトに住宅医協会で協力する形で調査を行った。今日の調査には25人の参加とのこと。

無報酬の調査・ただし昼弁当、味噌汁、飲み物付き

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玄関アプローチ

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午前中は小雨、午後は雨は上がったが曇に覆われていた

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私は、採寸グループで東側立面図の作図を担当した。大まかな実測、矩形図等の他の採寸者と情報を突合せ、フリーハンドで1/50立面図を作図した。

採寸してわかった事だが、2階軒高が現代の木造住宅より1m近く高い。2階の軒の出が3尺、1階屋根の軒の出が2尺5寸ほどだった。

全体としてライト風な水平線を強調するデザインになっている。

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詳細は、住宅医協会のサイトで紹介されている。

http://sapj.or.jp/syousaichousa2015-45/

「旧高田邸と国立大学町 ~85年の物語~」

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「旧高田邸と国立大学町 ~85年の物語~」

2015年3月8日(日)及び 3月16日(月)~25日(水)
場所 旧高田邸 東京都国立市中1-13-30

国立大学町が開発された昭和4年に建築された通称「旧高田邸」。 国立の歴史を記憶してきたこの住宅が今年3月末で惜しまれながらも解体されることになったそうです。

国立市内外の有志が集い、国立大学町時代の歴史を振り返りながら、 高田義一郎氏の業績もあわせて紹介するイベントを企画されました。

昭和モダンの国立が再現され写真展、書斎再現、大正・昭和モダン懇談会、撮影会、旧高田邸解剖図展、案内ツアー等を予定。

また3/21(土)・22(日)にはkunitachiゆる市 同時開催。

3/8には、住宅医協会による旧高田邸詳細調査が行われ、その調査結果は、3/16~3/25「旧高田邸解剖図展」として報告展示が行われる。

イベントスケジュールは
旧高田邸プロジェクト実行委員会公式サイト
http://takadagiichirou.tumblr.com/

 

旧巣鴨村・大塚天祖神社

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大塚天祖神社は豊島区の旧巣鴨村の鎮守様

JR大塚駅北口で御神輿に出くわした

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豊島区は江戸時代の村域では

武蔵国豊島郡上駒込村、巣鴨村、雑司ヶ谷村、下高田村、

長崎村、新田堀之内村、池袋村の7村で構成されていた

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大塚天祖神社の神楽

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旧巣鴨村は、現在の住所で言うと巣鴨1丁目~5丁目、西巣鴨1丁目~4丁目、北大塚1丁目~3丁目、南大塚1丁目~3丁目、上池袋1丁目、東池袋2丁目~5丁目

豊島区全体では、129の町会があるのだけれど

御神輿を見ていると、元気な町会がうかがい知れる。

天祖神社の祭礼に際して、子供神輿なども含めると100ぐらいの神輿が出たのではないかと思われるが、写真にあるような宮入した神輿はわずか。

再開発の影響で古くから住んでいる住民は街を離れざるを得なくなり、こういう伝統的な祭礼が維持できなくなりつつある。

不動産から見る京町屋の活用法@住宅医スクール2014

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「不動産から見る京町屋の活用法」と題した、京都の(株)八清(ハチセ) 代表取締役社長 西村孝平氏の話を聞いてきた。

一般社団法人住宅医協会の住宅医スクール2014の一講座

「築年数30年以上の建物評価のない建物をリノベーションする事で、再びストックとしてよみがえる住宅の総称である」と定義づげした「リ・ストック住宅®」を展開しているが、中でもヒットしたのは「リ・ストック住宅 京町屋」だそうだ。

私の亡父が京都市街の出身なので、おのずと訪れる機会も多いなかで京都市内に空き家が多いのは知っていた。道幅が狭い、駐車場がとれない、接道していないので再建築不可、何よりも夏暑くて冬寒いのが京町屋。アジア太平洋戦争での戦災が少なかったせいで、戦前からの建物。建築基準法(昭和25年)以前の建物がゴロゴロしている。

西村氏の講義によると、(株)八清の京町屋は新しくても築64年とか。(株)八清では、これまでの不動産業界の常識であった築年数で評価するのをやめた「経年美は古くないと評価できない」と語った。

様々な京町屋改修事例、危険家屋再生を見せていただいたが、その一つ一つが老朽家屋の再生、京都市内で増えている賃貸住宅の空き家の活用、それらがまちづくりに結び付いている。

(株)八清のビジネスは、「リ・ストック住宅 京町屋」から、町屋の貸切宿泊施設「京宿屋」と広がっている。

「京宿屋」は観光客の多い京都らしいビジネスモデル。町屋の保存再生、景観維持・保全に貢献しているし、伝統建築である町屋の居住体験を提供している。オーナーとして「京宿屋」を所有して、自分もセカンドハウスして使うこともできるという。賃貸するより収益性の高いビジネスモデル。

私もネットで7月8月の幾つかの「京宿屋」の予約状況を見てみたが、中々稼働率は高そうだった。

それから京町屋のシェアハウス「京だんらん」というのも展開している。大店(おおだな)の京町屋は、面積が大きくてリ・ストックして貸家や売却するには不適格なケースがある。

随分と共用部が多いシェアハウスで、レンタブル比というドグマ(教条)に浸かっている頭では理解しがたいビジネスモデル。「京都だからできるんだよ、東京では無理、無理」と即座に断定されそうだ。

とにかく(株)八清は次から次と 新しいビジネスモデルを展開している。

町屋を改修すると同時に隣接する道を石畳に整備して地域のポテンシャルアップにつなげる「石畳プロジェクト」。「京町屋証券化と京町屋管理信託」「京町屋ファイナンス」・・・

ちょつと目を離せない会社の一つになった。

「株式会社 八清」(ハチセ)

http://www.hachise.jp/