武蔵野市役所・事前調整書

武蔵野市役所に行ってきた。

市役所来訪の主な目的は、建築確認申請を提出する前に市役所各課を回って協議し「事前調整書」に各課の押印を貰ってくる事。指定確認検査機関に確認申請を提出する場合でも本受付前に、この「事前調整書」を完了しておかないとならない。

事前調整の協議先の判断は、建築指導課なので、各課協議の前に建築指導課に行った。

この建築確認申請提出前に、行政各課と「事前調整」を行う仕組みを作っているのは、東京都内では武蔵野市と府中市。確か大阪府内は、以前からこのような事前調整が必要だったはず。多くの条例や要綱が行政毎にある現代では、必要不可欠のように思う。

当然、業者の立場で言うと面倒だから無い方が良いが、街づくりの広い視点に立てば、建築確認申請決済の前には「調整」は終わっているのが望ましい。

市役所内10カ所の係を回り押印を貰うのに1時間半。行政照会がいつ戻ってくるかやきもきすることに比べたら、自分で持ち回りした方がよっぽどストレスがたまらない。

日本科学未来館 -3

球体ディスプレイのGEO-COSMOS

地球の雲や大気の状態をリアルタイムで映し出しているそうで見ていて飽きない

日本科学未来館に来た主目的は、孫娘にASIMO(アシモ)を見せるため。すでに理系女子の気配が伺える孫娘にロボットを見せてあげようと思った。

駆け足、蟹歩き、ボール蹴り、手話等 随分とASIMOは進化していてビックリ。

大人も充分楽しめる。

そうそう後ろ歩きもできる。自分は後ろ歩きは出来ないかも・・。

婆ちゃんが、うら若きときにCOBOLプログラマーだった時の知識を発揮して、常設展示のインターネット物理モデルを孫娘に丁寧に説明して体験させていた。

日本科学未来館には、以前にも来たことがある。リーマンショックの前年だったろうか。リーマンショックは2008年9月だったから、もう10年以上前になる。その頃、総工事費500億ぐらいのプロジェクトに関わり始めた時期で近くの計画地を見に来たことがあった。その土地は今も駐車場だ。リーマンショックでプロジェクトは飛んでしまい岐路が変わった。人生いろんなことがあったな。

上野動物園 -3

東京都美術館と上野動物園との間にある門

これは、上野動物園の旧正門だとの事

明治45年に建てられ昭和9年に移築改修されたそうです

守衛所でしようか

こちらはチケット売り場かな

歴史の重みというか堂々としていて現在の正門より正門らしい

5月の連休とか ここを開門することがあるそうです。

 

上野動物園 -1

成人の日の上野動物園

この日パンダの前は長蛇の列、待ち時間90分

パンダを見るのはスルー

お猿さんを見て

白熊さん

つるさん

ふくろうさん

上野動物園に来たのは始めて、

妻が40年程前に一度来たことがあると言う

子供連れの家族が多いが、老人も目立つ。

65歳以上は入園料300円

上野東照宮

上野東照宮は、徳川家康を神として祀っている

上野の杜は、幾度も訪れているが上野東照宮に来たのは始めて

年末から正月にかけてゆっくりしていられなかったが、仕事も一段落したし天気も良かったので上野の杜をぶらぶらした。歩き疲れたけど要所要所はベンチに座り、つかの間の居眠り。

頸椎を人工骨に取り換えてチタン合金でつなげた手術をした時にサイボーグ手術も施されたみたいで、時々陽にあたりソーラーパネルから蓄電池に充電しないと調子が悪い。今日は、充電100%になったのか顔と頭が熱い。


唐門・国指定重要文化財

左右に左甚五郎の登り龍と降り龍の彫り物

徳川御三家の灯篭

東伏見稲荷神社

三鷹駅からというか西武新宿線東伏見駅にほど近いところに京都伏見稲荷大社から分祀された東伏見稲荷神社がある。

何故この地に伏見稲荷があるのだろうかと思っていた。

時間が無くお賽銭を入れて拝んだだけになった。

なにやら不規則な鳥居が並んでいる拝殿の後ろの方に興味をひかれたが、又の機会に訪れてみたい。

川越商工会議所

久しぶりに川越に行ってきた。

平日なのに人が多いなと思っていたら勤労感謝の日で祝日だった。

写真は、今も現役バリバリ御年90歳の川越商工会議所。

昭和3年(1928年)に武州銀行川越支店として前田健二郎氏が設計して建てられた。その後昭和45年(1970年)に川越商工会議所が譲り受け、現在も使用されている。

全体的なデザインは、ルネッサンス・リバイバル様式というもので、当時の金融機関が好んで建てた建築。そこにギリシャ神殿風のドリス式柱、バロック風の玄関上の飾りが施されている。

蔵の街に圧倒的な存在感で 今も街を見守っている。

鉄道博物館

大宮の鉄道博物館に行ってきた。

孫娘の保育園の遠足に またも爺婆が駆り出された

朝10時の開場に長蛇の列。保育園、幼稚園の遠足場所として選択されることが多いようで子どもが多いが、意外と高齢者も来ている。

ロビーのあたり

一号機関車(150形式蒸気機関車)

車両ステーション

圧巻の実物車両36両展示

懐かしい電車も数多く、高齢者にも人気のある博物館だと頷ける

200系電車(たぶん)の連結部

C51型蒸気機関車

爺と婆は、始めて鉄道博物館に来たので結構楽しめた。しかし2時間あまりぞろぞろと歩いていただけなのに結構疲れた。保育に関わる人は体力がある。感心した。

最近は、建物以外のものを多く見ているが、他の科学技術も結構楽しい。

国立科学博物館


上野の国立科学博物館に行ってきました。

今日は文化の日で入館料が無料でした。

D51型蒸気機関車・屋外展示

大型鋳造地球儀(知恵ふくろう)

「フルモールド鋳造」によって作成されているそうです。

右下に写っているのは4歳になった孫娘

展示室の中での飲食は禁止ですが写真撮影は良いようです。

現在の日本館は、昭和6年9月に竣工しています。


出口にある30mのシロナガスクジラは圧倒的迫力です。

安田講堂

東大(本郷)の正門から真っ直ぐ歩くと安田講堂です。

正面入口部分は、こちらからは1階ですが、反対側からは3階部分。つまり段差があります。

先に掲載した工学部2号館は、この安田講堂に向かって左手にあります

国の登録有形文化財です


こうして安田講堂を見ていると1969年1月にタイムスリップしたような気分になります。当時 私は中学校3年で高校入学が決まった頃でした。テレビで中継されていた安田講堂の攻防戦・封鎖解除の様子を食い入るように見ていた記憶があります。人生の中で最も鮮烈な思い出となっているかもしれません。

あれから50年の月日が経ったんですね。

それにしても東大本郷キャンパスは、公園のような開放感があります。色々な人があちこちで休息しています。

東大大学院・情報学環 福武ホール

東京大学大学院 情報学環・福武ホールは、ベネッセコーポレーションの福武總一郎氏による寄附に基づき、安藤忠雄氏の設計によって建築され、2008年3月26日に竣工した建物です。

この長さ100mの「考える壁」と、その向こうにある「学びと創造の交差路」というのがデザインコンセプトということです。

内部の撮影は許可がいるのと、撮影した写真は公開禁止なので外観だけ。

東大工学部2号館

旧東京帝国大学の総長を務め、東大の建物を数多く設計された内田祥三氏が設計した建物です。

この2号館は1924年に建てられた後、最近では2000年に南側が改修され、また2005年に北側が取り壊され新しく高層階の建物に建て替えられました。

そのため、古い建物の上に、高層階の新しい建物が乗っかっているという、東大の中でもとりわけ変わった構造をした建物となっています。

今日は、工学部2号館の松本楼でお茶しながら打合せでした。

 

鬼太郎茶屋

調布市深大寺の参道にある「鬼太郎茶屋」

ゲゲゲの鬼太郎のグッズ類の販売と甘味処

壁には妖怪達が書かれている。屋根は台風で損傷したらしくブルーシートをかけていた。

鬼太郎とネズミ男

撮影スポット

鳥取県の境港市が「ゲゲゲの鬼太郎の聖地」で「さかなと鬼太郎のまち」として全面的に売り出しているが、水木しげるさんが昭和34年から住んでいた調布市は、水木さんの第二の故郷とも言われているので、鬼太郎をもっと強く押し出しても良いのではないかと思う。

親子孫・三世代に愛されるキャラクターは、中々いない。商店街にある妖怪モニュメントと鬼太郎茶屋だけでなく、鬼太郎プチ・テーマパークがあっても良いのではないか思った。

深大寺

山門

鐘楼・丁度 お坊さんが鐘をついていた。

本堂・大正8年再建と書かれていた

深大寺は、武蔵野の面影を残すと書かれていたが、こんなにも緑豊かで、水に恵まれているところだとは思ってもいなかった。東京とは思えない自然豊かな深大寺の境内。清涼な気分になる。

布多天神社

調布の布多天神社(ふだてんじんじゃ)に寄ってきた。延喜式神名帳に記載がある式内古社だが創建年代は不明とある。社格は郷社で布田5宿の総鎮守。なんだかとっても落ち着く神社。

古事記にも登場する小彦明神(スクナビコナ)が祭主で菅原道真公も合祀されているようだ。牛の鼻が、なでられてテカっている。

古い狛犬

本殿

布多天神社は、調布駅から徒歩10分程のところにある。

九頭竜の森休憩所(旧箱根樹木園休憩所) -1


ザ・プリンス箱根芦ノ湖から湖畔を15分程歩くと九頭竜の森の入口になる。

それから九頭竜神社元宮に行く途中に九頭竜の森休憩所の姿が木立の中に見え隠れする。旧名は箱根樹木園休憩所。村野藤吾さん設計の三つの円錐形の茅葺屋根を持つ建物によって構成されている。

1971年に竣工した建物だ。

現在名、ザ・プリンス箱根芦ノ湖が完成する7年前の事だ。

この休憩所は、現在は使用されていない。かってここには神山ロッジ・コテージがあった。それらの建物も現在は朽ち果てつつある。

休憩所の近くまで行ってみた。

あまりの惨状に声も出なかった。

屋根の茅葺が朽ちて、鉄骨の下地が剥き出しになり屋根に大きく穴が開いでいる。

哀しいな。

村野藤吾さんの作品が使われることもなく、

朽ち果てていくのを見るのは。

この休憩所もコテージやロッジも修理すれば

 まだまだ生き返らせることができると思うのだが・・・