旭川市役所・総合庁舎

打合せに出向いた旭川市役所・総合庁舎

今、この建物の存続を巡って市民の中で色々な意見が出て喧々諤々らしい。古くて狭い、分庁舎に分かれているので統合したいが遠い所に庁舎が移るのは困るというような声を聞いた。

下記は、日本建築家協会 北海道支部旭川地区会を中心に作られた「赤レンガ市庁舎を活かしたシビックセンターを考える会」の意見。

「旭川ゆかりの建築家・佐藤武夫が設計した旭川市赤レンガ庁舎(旭川市総合庁舎)は1958(昭33)年に竣工、 翌年の日本建築学会賞を受賞、2003(平15)年には、近代建築の記録と保存を目的とする国際的な学術組織 DOCOMOMOにより「日本におけるモダン・ムーブメントの建築100選」に選定された名建築です。その壁面を彩るコンクリートと赤レンガのチェック模様は今日まで道北・旭川の景観に独特の趣を添え、永く市民 に親しまれてきました。 しかしながら、年を経て施設の老朽化、狭隘化、特に1997(平9)年の診断では耐震性の脆弱さが指摘され、このままではいずれ解体される可能性もないとは言えません。そうした事情を背景に、市は新たな庁舎を建 設する企画をたて、この程、現庁舎周辺を敷地として新庁舎を整備する基本構想案を策定、市民に対し同案 に対するパブリックコメントを募ったところです。構想案の中には、新庁舎を「市民でにぎわい、親しまれ るシビックセンター」として整備、従来からの機能向上を図ると共に、「市民活動の支援」や「旭川らしさ の発信」を軸に新たな機能を付加するという基本理念が記されています。
私たちは旭川の貴重な文化財である赤レンガ市庁舎を改修・保存して何らかの用途に活用しつつ、新しく創 られる庁舎を適切に配置すること、すなわち新・旧施設を一体的に整備することこそ、成熟した都市の核 (シビックセンター)として相応しい方策だと考えます。市は基本構想を確定次第、新年度に基本計画を検 討することにしていますが、私たちは市民的立場から、赤レンガ庁舎の耐震補強や新庁舎の在り方について 多くの方々の知恵を集め、具体的な解決案を見出すべく本会を設立することといたしました。 主旨に賛同される多くの皆様のご理解とご協力をいただければ幸いです 。 (発起人一同)」

日本建築家協会 旭川地区会

とてもプロポーションが良いというか、美しい建物

旭川市内で見る価値がある三ツ星建物は、この旭川市庁舎とJR旭川駅舎

建物も60歳ぐらいで死亡宣告されるなんて やるせない

再生・活用する方法はあるはず

そういえばデパートが旭川に無くなったという事をしきりに気にする地元の人が多かった。かっては三店のデパートがあり、駅前には西武があったが現在はビルごと空いている。人口がかっては36万人台だったのが ここ10年程は減少してて現在は34万人台。若い人は流出し爺婆ばかりの典型的な地方都市。縮小する時代の庁舎のあり方は、これまでとは違うはずだ。

JR旭川駅舎 -3

旭川駅の夜景

右側がイオンとJRインというホテル

 駅舎のホーム階は、南北をガラスのカーテンウォールで囲われている

屋根を支えるのは白い樹木を彷彿させる柱

夜 街をふらふら歩いて食したのが「山頭火本店」の塩ラーメン

最近は、ラーメンは食べないのだか、

やっぱり本場で旭川ラーメンを食べておこうと思った。

「山頭火」は東京にもあるし、一度食べた事があるので他の店で食べたかったのだが、地元の人に薦められた「天金」という店は、定休日だった。それで駅に近い「山頭火本店」に行ってみた。

しかし「山頭火本店」の塩ラーメンは美味しかった。丼が小さめなのだが、意外とボリュームがある。豚骨スープがとてもマイルドで 全部飲み干してしまった。

旭川空港へ行くバス停から見たJRインと旭川駅舎

JR旭川駅舎 -2

翌朝の旭川駅北口

駅北側には忠別川が流れ、駅舎との間は公園になっている

この駅舎は動線計画が明快で、買物公園の軸線上にある南北に貫くメインコンコースと緑橋通り側の南北に貫くサブコンコース。そして南北に東西を結ぶ通路。

東西に結ぶ通路に沿って、キヨスク、コインロッカー、トイレ、お土産屋さんなどが並ぶ。それらはグレーに統一されている。

メインコンコース

これ平日の朝9時。実に写真が撮りやすい

買物公園へ軸線が伸びる

建物のレベルは高い。駅舎だけを見に来る価値はある。

JR旭川駅舎 -1

北海道旭川市

札幌からJRの特急で移動

駅舎は内藤廣さん設計

夕方なのに乗降客は、まばら

中間階

内部は楢材が使われている

木工・家具の街 旭川をあらわしている

改札階へ

抑制されたデザインだけど ぬくもりのある空間

しかし 人はまばら

翌日 地元の人に聞いたら「立派過ぎる」「大きすぎる」「人いないしょ」と、聞く人皆が 多少照れ気味に言う。

でも良い建物だ。

イオン旭川と連結しているのだが、イオンは土日は繁盛しているようだ。

モエレ沼公園 -4

空気がきれいだというのは、素晴らしい事だと思う。

札幌の街の中でさえ こんなにも清涼な空気が吸える

重さに耐えてくれるだろうかと

自転車を気遣いながら休み休み公園を巡る

刈り取られた芝の香りの向こう側に

テトラマウントが姿をあらわす

並木路

たんぽぽが咲き始めた丘

プレイマウンテン

この路を 登り続ければ

明るい未来があったはずなのに

まだ桜の花が 幾らか残っていた

記憶の中の北海道の原風景が

散りばめられている公園だ

北華楼 札幌本館 -1

北華楼 札幌本館は、大正15年に行啓記念北海道庁立図書館として建てられ図書館や美術館として使われてきたが、2016年3月、安藤忠雄氏のリノベーションデザインにより生まれ変わった。

連休前に調査したビルの追加調査で連休明けの5月8日に札幌再訪。二週間前より札幌は寒いように思う。新建築2018年4月号に掲載されていた北菓楼 札幌本館は、調査した建物に近かったので訪ねて見たかった。

店舗の出入口部分

所謂 壁面保存で内側にコンクリートの躯体がある

この階段部分は保存された。

「リファイン建築が社会を変える」青木茂著

青木茂さんが首都大学東京を退官するに際して、青木さんの仕事を支えてくれた10人の方々と対談し、10年間を振り返るという内容の対談集。

中々示唆に富む指摘が散りばめられていた。

私が、建築法規の分野から建築ストックの再生と活用に関わりだし始めたのは、随分と前からなのだが、本格的にはリタイアしてからの この5年。

今でも、建築ストック活用プロジェクトの建築法規の領域だけに関わることが多いが、最近では直接 建築主から依頼され調査・申請・設計監理まですることも多くなった。

久しぶりに設計に直接かかわりだすと、やはり設計というのは法規や施工、構造・設備に目を配らないとうまくできないことを実感する。設計こそが鍛錬の近道なのではないかと 今更ながら思う。

建築ストックの再生と活用には法的調査が必須だが、新築と異なり現代法のみ勉強していれば良いというわけではなく、それに加えて現代法の改正履歴を学ぶこと、さらに明治から昭和25年建築基準法成立までの近代建築法制史(市街地建築物法だけでも)を学んでおく必要があると思っている。

いつまで経っても勉強することは山ほどある。

ディーサービス 元気アップリビング

埼玉県川越市内の軽量鉄骨造2階建ての事務所をディーサービスに用途変更したプロジェクトです。平成30年4月30日に竣工しました。

既存建物の工事完了検査済証が無かったので、弊社が調査・申請・設計を担当しました。外装はほとんど変更していません。

【1階・機能訓練、食事 レクリェーションスペース】

【浴室】

【洗面】

【機能訓練~脱衣室】

建築基準適合性状況調査及び建築確認申請(用途変更)は、川越市に提出しました。

【事業主】株式会社 アリーフ  (株)アリーフ

【内装設計・施工】株式会社フリーデア 一級建築士事務所

【調査・申請・設計】株式会社 寺田建築事務所

【概要】軽量鉄骨造2階建て 延床面積279.05㎡

既存建物 建築確認:有(平成13年2月)、検査済証:無、構造計算概要書:有、既存図面:一部有

「ご先祖様、ただいま捜査中!」丸山学著

毎日コンピューターと向き合って仕事をして目が疲れるので、最近は本を読まなくなった。というか文字を追うのが苦痛になっていた。目薬は以前から必需品だが、最近はついにハズキルーペを買ってしまった。

自分の先祖たちがどんな人だったのか、年齢を重ねるごとに調べておきたいという気持ちが膨らんでいたが、自分の戸籍を追っていくことは結構手間もかかる事なので中々手をつけることが出来ないでいる。

仕事で都内のあるお寺の「家歴書」を作った。建築確認申請の手続きの中で本堂の新築時期を特定する必要があったからなのだが、来歴や郷土史を調べて新築は江戸時代だとわかった。お寺は関東大震災で損傷を受けたが地域の被災者を受け入れ、かの大戦の空襲でも被災せず、家を焼かれた人々を受け入れ、被災者のために庫裡の増築までしていることが判った。創建時の木造の本堂は、昭和42年に鉄筋コンクリートに建て替わったのだが、建築確認申請上は「増築」となっている。

つくづくすごい お寺だなあ~と思った。

途中幾度か大修理がなされてはいるが、創建から約270年木造のまま地域の被災者を受け入れてきている。このお寺は、宗派の中では有名なお寺なのだが、色々な物語が建物にはあるのだと思った。

***

なんだか あっというまに老人になってしまったようにも思う。

歳を重ねると色々なことを振り返る事がある。

今は 自分の御先祖様に思いを寄せている。

社会的には無名であっても、その時代を必死に生き抜いてきた先祖様があるからこそ自分の存在があるのだと思う。

命をつないでくれた御先祖様に感謝したい。

さて、この本は 自分で先祖探しをしたいという人のために、プロの調査のコツが散りばめられた本で、著者の豊富な体験がベースに書かれているので とても面白かった。