如来(にょらい)

最近、この言葉の意味を考えている。

如来 (にょらい)とは、サンスクリットのタターガタ(梵: तथागत, tathāgata)の漢訳であり、語義は諸説あるとのこと。
辞書によると次の読み方があるらしい

如とは、そのまま/…のごとく/…のようだなどの意味をもつ漢字。「如」の字には少なくとも、如(ニョ)・ 如(ジョ)・ 如く(ゆく)・ 如し(もし)・ 如く(しく)・ 如し(ごとし)の6種の読み方が存在する。

用語としては

如意【にょい】
物事が自分の思いのままになること。
如v意:意(イ)の如(ゴト)し。
百事如意、手元不如意
[仏]物事を自分の思いのままにする不思議な力。

如露【じょろ】
じょうろ(如雨露、如露)

躍如【やくじょ】
[形動]生き生きしたさま。
[形動]ありありと目の前に見えるようなさま。はっきり表れているさま。

如月【きさらぎ】[暦]陰暦二月(2月)の呼称。
「仲春(チュウシュン)」、「仲陽(チュウヨウ)」、「酣春(カンシュン)」とも呼ぶ。
[歴][軍]旧日本海軍の駆逐艦。

如来【にょらい】
[梵]tathagata(タターガタ)
[仏]真如(シンニョ)を悟(サト)った人。真如と一体であることを自覚した人。
「多陀阿伽度(タダアカド)」とも呼ぶ。

先人は漢字にしたとき、何故「女」「口」「来」という文字をあてたのか。ある人は女の人が発する言葉は尊いもので、女の人の言葉を聞けば運が開けるという。

「原始女性は太陽であった」と平塚らいていは言った。

しかし女性もいろいろいるから選ばなければならない。真如を悟った人を

何だか男達が支配する社会は破滅への道を進んでいるのではないかと感じる今日この頃。「如来」様たちに、権力を移行させても良いのかもしれない。