「本なら売るほど」児島青

2026年最初に読んだ漫画は「本なら売るほど」

婆ちゃんが買ってあつた1巻と2巻を読んだ

思えば、中学生ぐらいまでは近所にあった貸本屋にお世話になった。

古本屋ならぬ貸本屋、兼駄菓子屋というのが

それぞれの町にあったような記憶がある

そこで太宰治、芥川龍之介、松本清張等の本を借り読みふけっていた

中学生の頃は文学少年だった

この漫画の舞台、青年が営む古本屋「十月堂」は

本と人とがもう一度出会い直す場所

様々な人が訪れ、手にした一冊の本が、思わぬ縁をつないでいく。

本を愛し、本に人生を変えられたすべての人を紡ぐ。

古本屋もやってみたかったな。

まあ「十月堂」のような本に対する知識はないけれど

「改訂版・建築申請に役立つ技術的助言ガイドブック」建築申請実務研究会 編集

 2025年最後の投稿は何にしようか迷って、弊社らしいものは、やっぱり法令に関するものだろうと思い、この本の紹介を兼ねて投稿することにした。

 この本の初版は令和元年12月、今度の改訂版は令和7年10月。この約6年の間に、「太陽光発電設備等の建築基準法上の取扱い」「建築物の屋上に設置する太陽電池発電設備の建築基準法の取扱い」「既存建築物の増築等における確認審査の実施」「採光のための開口部を設けることを要しない居室の取扱い」「CLT等の構造部材としての再利用の取扱い」「既存の基礎ぐいの建築材料としての取扱い」「既存不適格建築物の増築等に関する制限緩和」等、多くの技術的助言が発出されている。

 国土交通省は、改正法令の適切な運用が図られることを目的とし、改正の趣旨、運用の取扱い、留意事項等を示した通知を「技術的助言」として発出している。法令について問題や疑問が生じたときに適正な取扱いを判断するうえで参考になることが多く含まれている。

 11月に購入し積読状態だったが、ようやく大晦日の早朝に読むことができた。近年の新しい若しくは改正された技術的助言を拾い読みするだけで、結構なボリュームだった。

 

 

「実務者のための工事監理ガイドラインの手引き・戸建木造住宅編」

改訂版から分冊された「戸建木造住宅編」

 最近は戸建木造住宅の仕事は少ないのだが、「非木造建築物編」と一緒に「戸建木造住宅編」も購入したので目を通した。

 両編ともに掲載されている「2、工事監理と監理業務の法的責任等について」という弁護士の大森文彦さんの書かれいる章を読むと身が引き締まる。

 「工事監理者が法的責任を認識することの重要性」「工事監理者の不法行為ルールについて」「準委任責任契約の場合の設計者の注意義務」「設計受託者の不法行為責任」について再学習することができた。

 基礎の配筋やコンクリートの品質、木造だとアンカーボルトや金物類の確認は、とりわけ重要だ。

 いずれにしても「非木造建築物編」と「戸建木造住宅編」は工事監理者必携書。

師走

【パレスホテル東京・ロビー】

早いもので2025年は、今日も入れて後3日

28日の夜に月末納品の図書を送信し、年賀状を印刷した

今日から身の回りの片付け少々

2025年も忙しかった。

相変わらず出張が多かった。

北は仙台、中部地域、そして南は長崎

2026年の経済の先行きが気になる

円安、株高、金利上昇、貧富の格差拡大、増税、可処分所得の減少

考えると憂鬱になるから

建築士としての職能を磨くことに時間を使いたい

藤本タツキ 初期短編集4冊

 あの「チェンソーマン」の藤本タツキの初期短編集4冊(漫画)を読んだ。ルックバックを2026年に是枝監督が実写化するという事を見聞きして、原作のルックバックを読んでみたいと思ったのがきっかけ。

 漫画を見るのは、いつもベッドで横になって。ディスクの脇にベッドを置いてから、疲れたらすぐ横になる。それから腰痛に悩まされることはなくなった。時々そのまま寝てしまうのが難点だが、そうした休憩の時間に見るのは、決まって漫画が多い。

 藤本タツキ氏は、まだ30代前半と若い作家だ。私の感想では正直、絵がそれほど上手いとも思えないし、ストーリーも意外と平凡だけど、着眼点に光るものがあると思う。

 結構、刺激的でパワーがある。爺さんは若い人のパワーを吸収したい。吸血鬼もいいけど若い人のエネルギーを吸収してトランスフォームするというのもありかも。

 それと 時々背景に描かれる秋田の風景が美しい。実写版の映画が楽しみ。

 ルックバックは「回想」とか「振り返る」とかの意味だが、男も女も後ろ姿に表情が現れる。年齢に関係ないのかもしれない。

 尚 私は「チェンソーマン」は まだ見ていない。

この初期短編集の17歳から26歳の作品8編もアニメ化されたとのこと

「社長がつまずく すべての疑問に答える本」田中修治 著

 毎年12月は、会社の決算が終わり税金を払い、来期の計画を考える月だ。実務に追われていても前期の決算書を眺め、経営の方向性について、あれこれと思案する日々。株式会社として12期が終わり13期が始まった。前期から継続した業務(受注残)があるが、2026年の日本経済の動向は、ガスがかかっているように思えるので予断は許さない。

 さて弊社の来期の計画を考えるうえで、この本を読んだ。

 本の紹介には「赤字から500億企業へと築いた再建のリアル 田中修治氏が語る経営鉄則」「倒産寸前のメガネチェーンを買い取り、たった1年で黒字化。その後、13カ国600店舗・年商400億のグローバルブランドへ――。」数々の事業をゼロから立ち上げてきたオンデーズ会長田中修治氏が、赤裸々な実体験をもとに、経営者の“つまずき”にQ&A形式で答える実践型の経営書。社長が陥る“罠”と“答え”をQA形式で一挙収録!すべてリアルな悩みに直球で答える、現場目線で徹底解説。
資金繰り、人材、ブランド、海外展開、M&Aなど、社長が必ずぶつかる課題を、実体験とリアルな知見をもとに著者書き下ろしで解説します。」

 経営・経済の学者・評論家の言説より、オーナー経営者の実践的なノウハウが役立つ。勿論オンデーズは物販だし、弊社は建築サービス業。一般の会社と違い、社員は少なくチームで業務を進めているので組織論も異なる。

 弊社は、売上は昨年対比で毎期常に100%を超えてきている。それでも前期は相談件数は多かったが成約数は少なかった。個々の案件に色々な事情があるにせよ、分析をしなければならない。また利益率が数パーセント下がったが、色々なデーターを分析してみないといけない。諸物価の値上がりもあるだろし、内的な要因も考えられる。とにかく毎日考えることは多い。

 2025年12月出版されたばかりの本だが、自分の会社の経営について考えるうえで、とても参考になる本という事は間違いない。

 

「実務者のための工事監理ガイドラインの手引き(非木造建築物編)」

 建築士法において工事監理とは「その者の責任において工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおり実施されているかいないかを確認すること」と書かれているが、具体的な確認項目や確認方法、確認範囲は定められていない。

 と言いつつ。実際既存建築物の現場を見てみると、図面との照合でさえ怪しい建物に遭遇することもある。耐震診断と同じように既存建築物の調査では「実際を正」とする。図面と現場(実際)が食い違っていることは多く、現場を自分の目で確認することは最も大事である。

 既存建築物の増改築等の工事監理では、現場に合わせて臨機応変な対応。施工会社への指示が必要となる。その為には、やはり基本を押さえておく必要がある。

 この本は、国土交通省平成21年告示98号に基づく「工事監理ガイドライン」の確認方法を例示したもの。各項目に写真も多用されわかりやすい。

 工事監理担当者必携の書。

年末年始に読みたい !

 年末年始に読みたい本として、好きな歴史関係図書を中心に選定。

 磯田道史さんが、毎日新聞に書いていた2025年「この3冊」を中心に読むことにした。松木 武彦『古墳時代の歴史』(講談社)、笠谷 和比古『論争 大坂の陣』(新潮社)、関 幸彦『<幕府>の発見』(講談社)。を購入。

 考古学による古墳時代の通年史が、社会全体や当時の世界の動きを視野に入れ総合的に書かれている。国立歴史民俗博物館教授陣による古代に至る日本列島の通史の中の一冊。既に少し読み始めている。

「関ケ原」ではなく「大阪の陣」で家康はようやく天下を取った。近世史の第一人者である著者が通説・俗説を論破し、関ケ原から大阪の陣までの真相を明らかにする。

 中国の文献に現れる「幕府」という語が、日本で「武家政権」を示す概念用語として使われるようになったのは、江戸時代後期のこととだという。ではなぜ、織田信長や豊臣秀吉の政権は「幕府」と呼ばず、鎌倉・室町・江戸の三つのみを幕府と呼ぶのだろうか。

 日本人の歴史観に最も影響を与えたという司馬遼太郎が、本当に伝えたかったことは何か、多分再読になる。本箱のどこかにあるかもしれないが

 これは、若い時に読んだエーリヒ・フロムの「自由からの逃走」。ユダヤ人であつたフロムは、ドイツ国民にファシズムが浸透してしまつた原因を精神分析的に考察することに生涯を費やした。「権威主義的パーソナリティー」「社会的性格」について再学習のつもり。戦前回帰の風潮が強まる現代に抗うために。

「実測術・サーベイで都市を読む・建築を学ぶ」陣内秀信・中山繁信編著

 2001年6月初版、もう25年前の本なのだが、本箱の片隅から出てきたので、懐かしくなって読み直した。

 1960年代後半から70年初め、法政大学宮脇研究室のデザインサーベイの活動が繰り広げられた。

 他大学であったが、私が大学生になった頃それらの活動は終息期に入っていて、デザインサーベイに直接かかわることはなかったが、大学の図書館と伊藤研でむさぼるように本、図面、資料を読んでいた記憶が蘇ってきた。もう半世紀も前の事だ。

 デザインサーベイと恩師・伊藤ていじは深くかかわっているし、中山繁信先生は、伊藤研究室の助手をしていた。私が研究室に入ったのは、中山先生が助手を辞められた後だった。

 2年社会人をしてから大学に進学したが授業は退屈だった。自然と授業に出席せず大学の図書館に入り浸るようになった。食事は学食でカレーライスか、かけそば。本を買う金も飯を食う金にも困っていた。そんな青春時代を過ごしたせいか、今でも駅の立ち食いそばが大好き。それと本に囲まれている空間が一番落ち着く。

 私は1979年大学卒業だから、丁度宮脇研と陣内研の活動の端境期になる。もう少し時期がずれるとデザインサーベイの活動に参加していたかというと、それはわからない。何しろ当時は、各地の民家、集落を見に行く、調査しに行く旅費さえなかったから。各地の伝建地区を見に行けるようになったのは、随分と後の事。

 「本書は、二つのゼミナールにおける「デザインサーベイ」と呼ばれる実測調査を紹介するものである。ひとつは、1960年代後半から70年代半ばにかけて日本国内で調査を行った宮脇檀氏のゼミナール。宮脇ゼミが開始したデザインサーベイはフィールドワークの先駆けであった。そして、もうひとつは現在も海外を中心に活動中の陣内秀信氏のゼミナールである。
 活動時期や調査対象とする場所は異なるが、両者には共通するものがあるようだ。彼らの体験から、実測調査というものが単なるデータ収集の作業ではないことが理解できるだろう。
 まず、「調査への情熱」である。それが地道な作業の積み重ねへの糧となる。そして、その情熱は建築や都市に対する想いの現れであろう。デザインサーベイの作業は、あたかも彼らが建築や都市へ抱いている熱き想いを確認する作業であるかのように映る。
 もう一点は、調査中に遭遇する「住民たちとの触れ合い」である。調査のなかで感じた住民たちの優しさや温かさについては誰もが強調している。彼らの体験は、都市や街の魅力がそのような住民たち、人間によって支えられているということを如実に示している。それは近代の建築や都市に欠けていた視点ではなかろうか。彼らは調査を通して、ごく自然にそのようなことを学び取っている。これこそがフィールドワークの醍醐味なのであろう。
 生前、宮脇氏は「一に旅、二に旅、三と四がなくて五に建築と冗談を言うほど旅が好きだったそうである。旅好きが抱く見知らぬ土地への想いが彼をデザインサーベイへと誘ったのであろう|。そんな宮脇氏の教え子たちが綴った体験記を読んで、無性に旅にでたくなった自分がそこにいた。」と別なところで、この本について書かれている。

 今、主要な業務である既存建築物の再生・活用で、調査を人任せにせず、毎回調査チームを編成して調査・設計・監理と一貫して行うスタイルを保持しているのは、デザインサーベイの遺伝子を少し受け継いでいるからかもしれないと自分では思っている。

「生きる言葉」俵万智 著

「スマホとネットが日常の一部となり、顔の見えない人ともコミュニケーションできる現代社会は、便利な反面、やっかいでもある。言葉の力が生きる力とも言える時代に、日本語の足腰をどう鍛えるか、大切なことは何か――恋愛、子育て、ドラマ、歌会、SNS、AIなど、様々なシーンでの言葉のつかい方を、歌人ならではの視点で、実体験をふまえて考察する。」と紹介されていた。

 人と人との通信手段である電話やメール、SNS、手紙など、私たちがコミュニケーションをするための方法であるが、身近な人でも電話が主な人、メールが主の人、ショートメールが主の人等様々である。

 私自身は、かつてはミクシィやツイッター(X)もやっていたし、オフ会で色々な人とリアルな付き合いが生まれたりしたが、いつの間にか言葉で人を傷つけたり、中傷したり分断をあおったり、犬笛を吹いて扇動する輩とかに支配されている有様が嫌になってしまいSNSからは撤退した。今はテーマ別の幾つかのブログで一方的に発信しているだけだが、知人にたまに会うとブログの記事が話題になることが多い。

 今や年賀状もメールで来たり、年賀状を出す人も、会社も少なくなった。歳をとったから年賀状を出すのをやめたという人もいるが、お互い安否確認のために年賀状ぐらい出しあおうよと思う。

 今や「言葉より画像の時代」というかもしれない。たとえ画像や動画がわかりやすい手段だとしても、本来「言葉とは人と人とをつなぐものであり、楽しいものです。」と俵万智さんは書くように、繋ぐものであり分断や対立を煽るものではない。

「ペリリュー 楽園のゲルニカ」

 2025年12月5日公開の劇場アニメの原作「ペリリュー 楽園のゲルニカ」武田一義の全11巻+外伝4巻を一気読みした。

 幾つもの仕事の締め切りに追いかけられているのに、時々現実逃避をしてしまう。

 親しみやすく可愛い三頭身のキャラクターが、戦場の悲惨な現実に直面していくため読後感はとても重い。考える事が沢山あって中々感想を書けない。

 軍備拡張なんかして、対立を煽り立て、戦争なんかしちゃいけんという事だけは、はっきりしいる。

 戦後80年。もはや太平洋戦争を経験した人は、ほとんど生存していない。戦争体験者である父母も、すでにこの世を去った。その子供である私達も「ジジババ」になった。孫やひ孫に、戦争の現実は引き継いでいかないとならないのだと思う。

 こういう漫画や、アニメは残していかないと。若い人たちに映画も漫画も読んでもらいたい作品。

2025年 私がナンバーワンに推す漫画

「やりたいことは 全部 やりなさい」森永卓郎 著

2025年1月に亡くなられた

経済アナリストの森永卓郎さんの最後のメッセージ

「人生において最も大事なのは『やりたいことを全部やり、完全燃焼する』こと」

 古希を過ぎて、婆ちゃんには「やりたいことがあったら、なんでもやってみな」と言っている。そのせいか趣味に仕事、通院やらジム、人に会いに出かけたり毎日予定が掲示板に書かれ、フル回転中。

 そういう私は、「若い時にやりたいことやって来たんだから、今更しなくても」と言われ、まあ振り返ると反論もできないので、ワークホリックを加速させている。

この本は、「貯める・増やすよりも豊かになる本当の生き方」として6つの章が書かれている。

第1章 やりたいことは全部やりなさい

第2章 「資本の奴隷」になってはいけない

第3章 新しい増税地獄を生き抜け

第4章 「常識」は正解ではない

第5章 属せども、隷属せずに働きなさい

第6章 「終わり」を意識して生きなさい

 森永卓郎さんらしい「お金と人生の本質」を次世代に語った本。私的には「元気なうちから死を意識することで、人生は輝く」というメッセージが強く心に残った。

「旅の建築フィールドノート術」渡邊義孝著

 読んでいて、とても楽しい本だ。アゼルバイジャンとか台湾とか、とても興味深く読んだ。

「建築体験とは、その地で食べた屋台飯や雑踏の匂い、喧騒、道行く人のふるまいや耳にした会話と不可分だ。31年間で54の国と地域を巡り、「生きた時空間」の中で建築と出会いつづける著者による旅の記録術。3000頁超のノートづくりに裏打ちされた図法選択や聞取り・実測手法、速記や時短着彩のテクニック、人や食の描き方。」と紹介されている。

 私もアナログ人間なのでHOBONICHI TECHOに、フィールドノート的なものを描き続けている。もう20年以上なるかもしれない。

 しかし他人に見せるものでもないし、自分でも後で見直すと何て書いてあるか判別できない文字があって苦笑する。

 この本は他人に見せることを意識して、本にすることを前提にしているかのようなフィールドノートだ。もしかしたら原本のフィールドノートは別にあるのかもしれない。

 そんなことを考えてしまうが、旅や日常の記録としては、とても秀でた、楽しい本だ。

「建築の監理-建築のあり方を考察する―」

この本は、「建築物工事に当たっての企画立案業務から、設計・監理業務、工事施工・完成、マネジメント・運営管理業務まで」を、全体のフローチャートに沿つて、法令規定や基準に準拠するなどして、実行のための遂行方法と協議・検証・確認などについて、建築の専門性と経験則などを基に記述している。
 本書「建築の監理」の主眼は、「建築家(建築士)が履行する監理業務の重要性について欠かすことが出来ない責務」などを明確化することにありますと書かれている。

 耐震偽造事件のあと、建築の品質管理が強調された時期があった。そういう私も組織設計事務所で設計部門から工事監理専任になり、法令的な手続き等を特に担った時期があった。あれから20年あまり、最近の建築品質管理は形式的で、形骸化しているように感じる。

 建築の品質は、建物や構造物が設計通りに施工され、安全で耐久性のあるものとなるための重要な管理プロセスで、建設業における品質管理は、単に見た目の美しさを追求するだけでなく、以下の要素を含む複合的な概念だと言われている。
・設計図書通りの性能・機能: 建物が設計通りの強度、耐震性、断熱性、遮音性を持つこと。
・ 建築中および完成後において、利用者や周辺環境に対して危険がないこと。
・耐久性・持続性、 法定耐用年数や期待される期間、安全かつ快適に使用できること。
・法令・基準の遵守、 建築基準法や各種条例、JIS規格などを厳格に守っていること。
・顧客(発注者)の満足、 発注者の要求や期待に応えていること。


 この本は、建築監理の役割と実務の在り方について、その理念について書かれているが、若干形式的記述であり、対象が大規模な建築における工事監理の枠を超えていないように思う。

 最近、思うのは「日本は品質」で世界と勝負すべきではないかと思う事。我々も建築家(士)の職能について、今一度振り返り、足りない部分は強化すべきではないかと思う事。

「ひらやすみ」真造圭伍 

 数年前にビッグミックスピリッツで何度か読んだ記憶がある真造圭伍さんの「ひらやすみ」が、実写化されNHKドラマとして放映されると聞いて、1巻から9巻まで購入し読んだ。

 爺さんの息抜きは、若い時から1に漫画、2に映画(現在はネットフリックス)、3に寝ることで何十年経っても変わらない。

 「ひらやすみ」で描かれているのは「青春」

 若い時、といつても半世紀以上前にアパートが決まるまでの一時期、先輩(男)の高円寺のアパートに居候していた時がある。この漫画の舞台となっている阿佐ヶ谷もなじみが深くて、あの頃のことを思い出した。かろうじて職にはついていたが、彼女もおらず、自分が何をしたいのか、もがき苦しんでいた時代だ。

 酩酊し高円寺の駅前でゲロした思い出、知らない大学生達と飲み明かした時の事、その頃はまだ大学に進学していなかった。多分19歳ぐらい。

 読者のそれぞれの思い出とシンクロする。まるでバックトゥーザ フューチャー。

 タイムマシンのような本だ。

「フードスケープ 図解 食がつくる建築と風景」 正田智樹 著

地形と気候に応じた食がつくる建築と風景が、フィールドワークに基づく図解集として紹介されており興味深い。

 食をつくる条件が、純粋に建築となってあらわれる。

 プラックスボックス化したフードシステムに支配された現代では、ハンナ・アーレントの「機械のリズム」と「生命の自然のリズム」が想起されると藤原辰史さんと正田智樹さんが対談の中で書かれている。

 スロー・フードスケープは「顧客と売る側」「売り手と買い手」という固定化した人間関係に隙間を作っている。

カレマ村のワイン、アマルフィのレモン、小豆島の醤油、多気町の日本酒等、日本とイタリア16の食の生産現場を読み解いている。

 蓄熱する石積みの段々畑、風を呼込む櫓、光や湿気を採り入れる窓等、自然のリズムとともにある食生産と人の暮らしを取り戻す為の建築の問い。

 現実と折り合いをつけながらの建築、それが僕らの目指す唯一のシステムではないという事を教えてくれる。

「世界史は化学でできている」左巻健男 著

 なんだか最近、自分自身の各分野における中学生から高校生レベルのリテラシーを回復するために本を読んでいるような気がしてきた。

 中学校1年の時の担任が理科の先生で、最初のクラブは科学部だった。生物班と化学班に分かれていて生物班は女の子ばかりで嫌だったので化学班に行った。信じられないだろうが、その頃は女の子が嫌いだったのだ。妙に女の子が大人びいている感じが嫌で距離を置いていた。中一の時の担任が生物専攻だったので、生物班に来てもらいたかったと大分経ってから聞いた。2年生から生徒会活動の比重が多くなったが、それでも科学部に所属していたので、3年時は人がいなくて部長になっていた。振り返ると何をしていたか思い出せない。色々な化学薬品を混ぜて遊んでいたような気がする。

 さて、こういう本に若い時に出会いたかった。化学の基本と歴史が、とても読み易く、分かり易く、面白く語られている。

「化学」は、地球や宇宙に存在する物質の性質を知るための学問であり、物質同士の反応を研究する学問である。火、金属、アルコール、薬、麻薬、石油、そして核物質・・・。化学はありとあらゆるものを私たちに与えた。本書は、化学が人類の歴史にどのように影響を与えてきたかを紹介するサイエンスエンターテインメント!」と書かれていることに実感する。

 こういう本に若い時に出会えれば、進む道も変わっただろうにと思うが、化学には縁がなかったんだろうな。

 建築の世界は、当然ながらセラミックス、ガラス、金属、染料、コンクリート等の数多くの化学製品に溢れかえっている。メーカーはどこも我が社が一番と宣伝してくるが、それらを選別する基礎的知識が、私も含め建築士には欠けている面がある。何しろ高校で「化学」を履修してきた人も限られるから。

 基礎的な教養・知識は、自分で努力して学ぶしかないのかもしれない。

「ザ・ロイヤルファミリー」早見和真 著

 今、TBS系日曜劇場でTVドラマになっている「ザ・ロイヤルファミリー」をネットフリックスで観た。原作を読みたくなってアマゾンをポチった。

 9、10月の疲れが中々取れない。つまり歳をとった証明でもあるのだけど、そういう時は外出せず、ただただベッドで読んでみたかった本を読めるのは自営業者の特権のようなもの。あとで集中して仕事をしなければならなくなるのだが。

 ドラマは、北海道日高地方の牧場の映像が、とてもきれいだった。

 馬主と秘書の20年の歳月を描いているのだけど、今野敏さんが「途中からずっと泣きっぱなしだった」と帯に書いているように、私もなぜか涙が止まらなくなった。淡々とした文章なのだけど「継承」をテーマにした物語に感動するのは、自分も歳をとったからなのだと思った。

 最近よく泣く。このあいだも加子母の地歌舞伎を観て泣いていたと婆ちゃんに指摘された。涙腺が非常に緩くなっている。身体は水分が抜けてきているのに何故だろう。

 第33回山本周五郎賞受賞。TVも良いけど原作も良い。

「田舎の思考を知らずして地方を語ることなかれ」花房尚作 著

 仕事の関係があり、2025年の夏から月の1/4程度は中部圏に滞在するようになった。名古屋という都会のときもあり、岐阜県内の各地ということもある。地方都市も過疎地も含まれているが、東京にいるだけではわからない事、知らないことが多すぎた。新しい発見があり、出会いがある。

 著者は「日本の国土に占める過疎地域の割合は約60%。「田舎は危機的状況にある」「過疎地域は悲惨」――。「田舎=過疎地域」にはネガティブな言説が付いてまわる。しかし、こうした言説の多くは「都心の思考」で発信され、「都市部の都合」を田舎に押しつけている。だが、田舎は本当に悲惨なのか? 都会の思考とは異なる合理性に裏打ちされた「田舎の思考」を明らかにし、過疎地域で暮らす人びとの日常を通して日本の未来を考える」と書く。

 この本が書いているように「都心の思考」で田舎を決めつけている人達もいるかもしれないけれど、どっこい田舎の人はマイペースのようにも思える。

 生活していくうえで都会も色々な問題あるように、過疎地も様々な問題を抱えていることは間違いない。でも、それは実体験を通じてみると「豊かさ」の次元が異なるだけではないかと思うようになった。

 私なんかは、「現代の漂泊の民」と定義できるかもしれないと最近は考えている。それは物流(アマゾン含む)とインターネット(WEB会議含む)と交通手段(私は利用しないが格安航空機)のおかげだ。それは技術の進歩でさらに改善されていくようにも思う。

 田舎は大切。守り応援し続けたい。

「大人のための地学の教室」鎌田浩毅 著

 9月10月と出張が続き、現地調査と打合せ、人に会う機会が多く身体が少し疲れたので1、2、3日の三連休は休むことにした。だらだらと過ごし、寝て、DVDを観て、専門書以外の本を読んで過ごした。

 私の地学の知識は中学生レベルで、ほとんど素人。高校でも大学でも地学は履修しなかったのだから当然といえば当然。長年、京都大学で教えていた鎌田先生によると激烈な受験戦争を勝ち抜いてきた京大の新入生も受験科目以外のことは、ほとんど知らないらしい。

 そんな地学のリテラシイー(読み書き能力)は中学レベルでも、読みこなせる専門書である。

 さて日本は、2011年の東日本大震災(M9.0)以降、平安時代から1,000年ぶりの「大地変動の時代」を迎えている。南海トラフ巨大地震、首都直下地震、富士山噴火などがスタンバイ状態と指摘されている。

 3.11以来、避難用品・備蓄は怠りなく準備してきたつもりだけど、この本を読んで富士山噴火による火山灰の影響が、首都のインフラに広範囲で長期間なものになるという事を再認識した。火山灰は始末が悪い。

 この本を読んで、地学のリテラシイーは高校生レベルに近づけたかもしれない。

「ずっと工事中! 沢田マンション」

 街の本屋さん探索家の婆ちゃんが「おもしろい本みつけたよと」私の仕事部屋の暖簾をくぐってきた。「この建物、絵本にしてよいかのかな?」といいながら。

「高知の沢田マンションは有名だよ」と言いながら絵本を手に取り、巻末をみる私。2025年10月1日出版だから本屋に並んだばかりのホヤホヤ。

 私の業務、立場から言うと真逆の建物。コンプライアンスを重視して、ほとんど違反建築物が多い既存建築物の「黒」または「灰色」の建物を「白」にしていく私の仕事からすれば、沢田マンションは、建築基準法による確認申請無届、完了検査未了のまぎれもない建築基準法違反建築物。

 でも好き。

 無鉄砲で無計画でセルフビルドで、トランスフォーメーションしていく沢田マンションは痛快でさえある。

 でも少し心配なのは絵本を出して大丈夫かなと思う。正義論を振りかざし、役所に電話するなどする輩は多くいる。それらが行政を刺激しないかと。高知というおおらかな街だからこそ、強権的な指導はこれまでしなかったのであろうと推測するが、大きな事故がないかぎり見守ってやりたい。 ただ老朽化が進んでいるようなので心配ではある。

 この絵本が違反建築物を薦めたり、助長する契機を作ってしまうのではないかという一抹の懸念もある。今でも「建築法令なんか守る必要あるんですか?」と言う若い設計者に出会うことがある。特に内装関係のデザイン事務所には、そういう傾向が強い。そういう人達の書く「絵」を後始末する依頼も多いから。

「過疎ビジネス」-2

これは週刊東洋経済の「喰われる自治体」第2弾。今年2025年6月21日号。

「地方創生を掲げながらコンサルティング会社が自治体を“喰っている”実態を追った特集「喰われる自治体」から1年が経ちました。この特集は大きな反響を呼び、発売後には多数の内部告発が寄せられました。本特集では、そうした告発に基づき第2弾を展開しました。固定電話契約や医療ツーリズム受託など、全国各地の自治体から上がるさまざまな“悲鳴”を詳報。一方、地方創生コンサルに頼らずに人口増に成功した自治体の秘訣もお伝えします」

この本の中で木下斉氏は「地方再生は、・・・地元の人々がその都地特有の課題を見つけ、再生に向けたエッセンス、つまり『自分達の原液』を作り出すことだ」と書く。

そのうえで地方創生で結果をだす地域には幾つかの共通項があるという。

1、自前主義に徹する

 外部に任せず、自分たちで現場を回し、考え、動く。失敗しても学習機会とし、軌道修正をしながら進む。

2、補助金に頼らない

 行政による補助金にも頼らない。重要なことは、民間が喜んで投資する環境形成だ。

3、とがつた人材に任せる

 行政の看板に頼らず、自ら責任を負って挑戦するプレーヤーが地方創生には不可欠だ。百人の合意を取り付けることより、覚悟を持ったプレーヤーに委ねることが政治や行政に求められる。

「過疎ビジネス」-1

コンサルタント全盛の時代だ。今や東大生の希望就職先№1は、コンサルタントだと聞く。こうした中で地方自治体を食い物にする「過疎ビジネス」という言葉が目に入ってきた。

この2024年5月11日付け「週刊東洋経済」では、地方創生マネーが都会のコンサルタントに吸い上げられていく実態を浮かび上がらせている。

「地方創生が叫ばれ始めてから10年が経ちましたが、地域活性化に成功したという自治体はそう多くないのが実情です。それでは地方創生をめぐる「カネ」はどこへ溶けていったのでしょうか。本特集では地方創生マネーが都会のコンサルに吸い上げられていく実態や、弱った自治体の機能をぶんどる「過疎ビジネス」など、地方創生の虚構を描き出しています。一方でコンサル主導の計画に住民が待ったをかけたケースや地場の中小企業が創生を実現した実例など、喰われないまちづくりに取り組んだ好事例も多数紹介しています。」

「凡人のための地域再生入門」木下斉著

 木下斉さんの本をまとめて読んだので幾つか紹介する。物語風なんだけど「地方のリアル」と「成功のコツ」が122のキーワードで展開されていて とても読みやすかった。

 多くの「まちづくり」の研究書や役所が出している事例集がある。それらは成功した事業を一覧にし類型化している。本来成功した事業を深く知るには、長いプロセスを多角的に知らなければならない。しかし事例集は結果を整理しただけで、わかった気になってても実際には あまり役に立たないものだ。こうした一つの事例を深く知れるように物語風に展開するのは共感できる。

 私自身は地域再生の鍵は、ひとつは「食や飲食店」が持っているのではないかと最近思っている。かつて都市のビル内で、「Farm to table」(農場から食卓へ)というテーマで企画提案したことがあった。「Farm to table」は、2010年代のアメリカ西海岸から広まった食に対する考え方のひとつ。生産者と消費者が物理的に、また概念として近い距離にあり、環境にも配慮したサステナブルな食材を地産地消するような食に関しての潮流を指す。

 その時、本当の「Farm to table」が実現できるとしたら、それは地方なのではないか思った。普通のスーパーの野菜売り場に並んでいるものは、流通のために日持ちが良くて、傷つきにくい品種だったりする。地方で野菜を買うと、妻はこんな品種があったのかといつも驚き、新しい発見があるという。地元のものを地元でちゃんと出す店は意外と少ない。

 それと飲食店は、美味しい店なら商圏が広い。地方で車移動だと1時間前後ぐらい、30kmから40kmぐらい離れた客が訪れるといわれている。地域外の外貨を得れるし、雇用も生まれる。農家との連携も生まれれば地域経済に寄与する。店は新築や古民家だけでもない。空き家活用でリノベーションする「逆算開発」で展開するならば資金的にも無理のない計画になるのではないか。今日日、工場を誘致して雇用が生まれても非正規雇用で、そほど地域経済には寄与しないだろう。

 こうした美味しいレストラン(付加価値の高い店)が、そのエリアに10件もあってごらん。夢が広がるではないか。

 木下斉さんは書く「必要なのは才能じゃない。『始める勇気』だ」と

「稼ぐまちが地方を変える・誰も言わなかった10の鉄則」木下斉著

著者の木下斉氏は1982年生まれと書かれているから、私の子供世代

 高校1年生からまちづくりに関わり、17年間で経験した実体験に基づく「稼ぐための教訓」をまとめたという一冊。

「まちづくり」という言葉のホァーとしたイメージをひっくり返す「まちを一つの会社に見立てて経営する」「稼ぐまちが地方を変える」というのは鋭いし、その通りだと思った。

 いろいろな地方を訪れてみて思うのは、地方はまだまだビジネスチャンスにあふれていると感じることだ。

 地方衰退の構図は、日本社会の縮図。人口縮小時代を迎えた現代では、補助金頼みではまちづくりは成功することはないだろう。

 「リーン・スタートアップ」(小さく始める)。最初は小さくてもひとまずやってみる。これはとても大事だ。大概の人は実践に踏み出す勇気がたりない。

 とても為になる本です。