「黒田辰秋・千年の椅子」丸山茂樹 著

 引き続き黒田辰秋に関する本の紹介

 黒田辰秋が20歳のころ河井寛治郎の家で柳宗悦にあってから、上賀茂民芸協団の設立に至る経緯と活動の状況について詳しく知ることができた。

 京都の中でも好きな上賀茂の風景が描写されている。西賀茂の神光院や光悦寺のあたり、昭和2年の春。その頃はまだ京都市ではなく愛宕郡の時代だ。

 昨日、若い時に下賀茂神社の巫女さんのバイトをしていたという人と会っていたので、上賀茂の風景と、この本の記述がオーバーラップして、書いておきたくなった。

 上賀茂民芸協団は、濱田庄司が見てきたイギリスのデッチリング・コモンという集落に影響を受けたことが書かれている。

 デツチリング・コモンは、広場を囲った十二、三棟の家屋が整然と建ち、その周囲は果樹園や牧草地に囲まれ、敷地の奥にレンガ造りのチャペルがある。「ギルはさ、すべての人々が、それぞれ特別の芸術家で、そして働くこと自体が、喜びに満ちた行為であるべきだなんだ。」「物を作る営みと信仰は一体なんだ」と濱田庄司は益子でデッチリングのような暮らしを目標にしたいと。

 柳宗悦が濱田の言葉に被せるように「一人でやると、どうしても独断におちいる。自意識の超過にわざわいされる。それから逃れるためには、力をあわせる環境のもとで、生活を浄めることが大事だと思うんだ。濱田が見てきたことは、民芸の将来的な在り方を、暗示していると俺は思っている」 民芸運動の目指していた理想的なビジョンがここに示されていると感じた。

 黒田辰秋は、「付知の田舎生活でわかつたのは、都会との適度な距離の良さだ。日常生活の猥雑さを、いつのまにか溶かして、恬淡(ていたん)とさせる秘力が山里にはある」というところは、とても同感。

 ※恬淡(ていたん)・・・欲が無く、物事に執着しないこと

 「分業に甘んじるなら職人だ。作家を目指すなら、一から十まで自分でやりゃなきゃな」という黒田辰秋が語ったというところも記憶に残る。

「神楽坂『和可菜』」ばんせい総合研究所

 東京神楽坂・石畳の路地、兵庫横丁にあった旅館「和可菜」は、10年前ほどに廃業したと聞いていたが、このほど再生工事が終わっていたというのを、この本で知った。

 旅館「和可菜」は、昭和から平成にかけて多くの作家がカンヅメになる「本書き旅館」として有名で、山田洋次監督は年の1/3ぐらい、この旅館で寅さんの「男はつらいよ」シリーズを書いておられたそうだ。

 2015年に閉館し、その後7年間かけて再生の道程を歩んだそうだ。詳しくは隈事務所の下記のサイトをご覧いただきたい。

https://kkaa.co.jp/project/kagurazaka-wakana-renovation

この本は、一種の写真集で、再生に対しては出来るだけ当時の姿を維持するように努められている。外壁、塀、門扉など傷んだ部分も新しく更新されている。

 技術的なことは あまり書かれていないが、工事を担当した石間工務店の功績大だなと思う。

 誰が関わったかによれ、古い建物が保存再生されるのは喜ばしい。

「黒田辰秋 木工の先達に学ぶ」早川謙之輔 著

 この本も黒田辰秋に関する本。

 近年は、木や木工に関することがマイブームで、ひとりの人について関係する本を幾つか読むことにしている。この本は、2000年5月に発行された本だから、もう25年も前の本だし、著者の早川謙之輔さんは、既に故人。

 帯には「現代の名工が偉大な先達から学んだ木の心、木の技」。黒田辰秋との出会い、黒澤明御殿場山荘の家具セット製作など、その20年余の熱い交流を描いている。

 黒田辰秋は、若き日に河井寛次郎に出会い、柳宗悦らの民芸運動に加わり、若手芸術家のギルドのような上加茂民芸協団を組織したことは知られている。

 私が民芸に興味を持ったのは、1970年代の半ば頃だったか、新宿歌舞伎町の入り口に「民芸茶房 レストランすずや」という飲食店があり、民芸が趣味だった店主の鈴木喜一郎さんのコレクションが沢山飾ってあった。

 棟方志功の版画を初めて見たのも「すずや」だったかも知れない。婆ちゃんと新宿3丁目のジャズ喫茶「DUG」で待ち合わせして、時々「すずや」に食べに行った思い出が蘇る。

 版画家の棟方志功は、「すずや」の看板やメニューの表紙を直筆で書いているし、当時の民芸運動の中心だった柳宗悦、浜田庄司、芦沢圭介、池田三四郎、バーナード・リーチなど、後となっては人間国宝級の人々が店に通っていたという。さながら民芸運動の美術館のような飲食店だった。その時から有名なのは「とんかつ茶漬け」だが、当時は「とんかつ茶漬け」以外のメニューも沢山あった。

 「すずや」は、2016年にビルを建て替えて新しく「とんかつ茶漬け」と「とんかつ」専門店のような店になったが、新店は昔の民芸茶屋の面影は大分薄い。

 さて私の民芸との接点は置いておいて、

 早川謙之輔さんは、以前も「ゴッホの椅子」の本の紹介で書いたように、岐阜県中津川市付知というところで工房を持たれていたが、黒田辰秋は黒澤明御殿場山荘の家具セット製作の時に付知に滞在し、同じ付知の「上見屋」という老舗旅館を定宿にしていたことや、付知(つけち)の風景、山や木のことなどが書かれていて、とても親近感を抱いた本だった。

 

「改訂・建築 設計 製図-住吉の長屋・屋久島の家・東大阪の家に学ぶ」

 最近の大学では、建築の設計・製図の教材として、どんな本、どんな建物をお手本にしているのか興味がてら読んでみた。

 私の学生時代は、烏口からロットリングへの移行期で、T定規から平行定規への移行期。ようするにアナログの時代だが、今は授業にCADやCGも取り入れているのだろうか。

 安藤忠雄、堀部安嗣、岸和郎の手掛けた住宅をお手本にしている。その作図方法、表現方法について、丁寧でまとまった解説が加えられている。執筆しているのは、主に関西の大学で教えている人達だが、関東の大学では、どのような建物を教材にしているのだろうか。

 教材の選択は時代の反映だが、学生には後々まで影響を与えるものだ。

 私の学生時代の住宅設計の教材は、吉村順三先生の軽井沢の別荘(増築前)。平面詳細図のコピードローイング、断面パース、模型と1年間同じ建物と向き合った。軽井沢の別荘は二度程見に行って、一度は吉村順三先生夫妻がたまたま在宅の時で、ゼミの仲間と内部を隅々まで見せていただき、紅茶と菓子までいただいた記憶がよみがえる。もう半世紀も前の話。

 集合住宅は、代官山のヒルサイドテラス第1期の平面図・立面図等のコピードローイング。これは都内だったので、何度見に行ったか分からないぐらい通った。

 安藤忠雄さんの講演に行ったのは 確か大学4年の頃で、住吉の長屋が学会賞を受賞した後だったように記憶している。確かに名作といえば名作だし私も好きだが、住むのはちょつと抵抗がある。昔の農家住宅にあるような外便所で、寒くても暑くても雨の日も、一度外部に出る必要がある無断熱の家だから、住んだら家族からブーイングだろうな。まあ性能面は度外視しないといけないかもしれない。

 昔話をしても仕方がないが、学生時代にどのような建物で学ぶかによって記憶に刻まれ、その後の設計に影響するものだ。と 自分の事を振りえつて思う。

「ゴッホの椅子」久津輪雅 著

 私が「ゴッホの椅子」に出会ったのは、2017年に京都の河井寛次郎記念館を訪れたときだから、まだ最近だ。

 玄関の土間に置かれた3脚の椅子が、「ゴッホの椅子」だと知ったのは、それから、しばらく経ってからだ。

出会ったときは「随分素朴な椅子だな」という印象しか持たなかった。

 近年、美濃に縁ができて、色々なところにいくが、中津川市付知に老舗旅館「上見屋」があり、その隣地に上見屋の経営である「とこわか」という飲食店で昼食をいただいたことがある。

 その「とこわか」は、和風で栗材で作られており、付知の杣工房・早川泰輔さんの仕事と聞いた。

 https://taf2012.sakura.ne.jp/wp/?cat=685

 その早川泰輔さんのお父さんが早川謙之輔さんで、私たちが栗の菓子を買いに行く「すや西木店」や「静岡市立芹沢銈介美術館・白井晟一設計」の展示スペースの天井を手掛けられていることを知り、早川謙之輔さんが書いた「黒田辰秋・木工の先達に学ぶ」他三冊の本を読み、そしてこの本にたどり着いた。

 出会いから、ぐるりと回って、もとに戻ったような不思議な感じ。この椅子に縁があったのかもしれない。

 岐阜県立森林文化アカデミー教授の久津輪雅さんの、この本「ゴッホの椅子」には、「人間国宝・黒田辰秋が愛した椅子。その魅力や歴史、作り方に迫る」とあり、作り方まで書いてある。

 「ゴッホの椅子」は、素朴だけど優しく、年月を重ねると風合いがでる。うわべだけのデザインがはびこる現代に、自然や社会の環境とかけ離れたものをつくるなと戒めているかのような存在だ。

「ゴッホの椅子」を受注生産で作ってくれるところがあるというので照会したことがあるが、耐荷重80kgという。私が座ったら壊れてしまうので断念した。

「『土地と財産』で読み解く日本史」大村大次郎 著

 元国税調査官の大村大次郎氏が書いた この本、表題の日本史を読み解く視点が面白そうだったので、アマゾンをポチったが、本当に面白い内容だった。

 日本史をそれぞれの専門分野の人達が深く掘り下げる本を書いてくれると、歴史の理解に奥行きが生まれる。事柄と年号を覚える歴史教育とはおさらばしてほしい。

 思えば私が歴史に惹かれていったのは、中学生の時に出会った松本清張の「西郷札」や「或る『小倉日記』伝」がきっかけだった。

 この本を読むと土地制度が変わったときに国の形も変わった。ということが良く理解できる。

 新しい知見として江戸時代にあった「割地」というものを知った。

 割地というのは村落内の農民が、耕作する農地を定期的に交換するという制度。農地というのは、その位置関係によって収穫量に大きな差が出る。日光の差し具合や水利によつても異なるし、それぞれの土地にふくまれる養分によつても違ってくる。同じぐらいの農地の広さでも収穫量の多寡はかなり違うことが多いそうだ。その為公平を期するために、村落内の農民が、一定の年限で耕作地を順番に入れ替えるというのが「割地」という制度。意外と合理的な方法が採用されていたことに驚いた。

 割地という呼称は、そのほか地割、割替え、軒前割、一鍬前、一挺前、田地割、軒前割、門割などさまざまあるが、割地制度は全国的にみられるそうだ。

 これを知って、江戸時代の農民には「所有権」「耕作権」の概念が薄く、村落の土地は農民全体の共有財産というような意識があったことがわかる。多分それは、江戸時代の年貢は「村落でいくら」というような「村請制」を採っていたからではないかと思う。

 この「割地」は、明治の「地租改正」1873年(明治6年)の時に、多くの割地があることがわかり、行政と研究者が調査に入ったそうだ。割地は、明治以降も残り、現在でも一部では残存していると新潟大学の研究論文「割地制度とコモンズ」に書かれている。

 巻末に著者は、この国を将来を憂いてこう書いている

「『貧困は自己責任』として片づけてしまう風潮がはびこり、うまく立ち回って富を手にしたものが偉いという価値観が広まっている。著者は、これに危機感を禁じえない。日本には太古から『助け合うのは当たり前」という文化があった。それは日本という国を形づくってきた精神であり、日本が世界に誇れる国になった最大の要因でもある。」

 同感。

「建築工事積算実務マニュアル2025」

 この本は、国が発注する建築工事の積算に関する「統一基準」や建築積算基準類に準拠し、改定された建築積算の実務書です。

 民間業務でも工事価格の適正評価をするために建築積算のツールとして活用しています。工事種別に整理され使いやすいですし、ちょつと工事価格を調べるときに重宝しています。

 より透明性のあるコストマネジメントが求められている時代だとおもうけど、知らんぷりの設計事務所や施工会社、住宅会社が多いのは残念。

「軍艦島の生活〈1952/1970〉・住宅学者西山卯三の端島住宅調査レポート」

 昨年2025年に長崎市を訪れた時、長崎港を眺めながら、軍艦島(端島)があったなと思い出していた。日程的に端島ツアーの船に乗ることはできなかったが、若い時に西山卯三先生の本を随分読んだことを思い出した。確か20代前半に、西山卯三先生の講演を一度だけ聞いた。西山卯三先生が京大を退官した後だったな。そんな半世紀も昔のことを次々と思い出していた。

 「端島(軍艦島)は、長崎県長崎市の沖合に浮かぶ、面積約6.3ha、周囲約1.2kmの小さな島。海底炭鉱として明治20年から開削が開始され、明治23年からは三菱による本格的な炭鉱経営が開始された。戦間期と戦後に二度の高出炭期を迎え、国内有数の優良炭鉱であった端島には、多くの設備と人的投資が行われ、その結果狭い島内には、大量の鉱山設備と鉱員用の超高層住宅が迷宮のように立ち並ぶこととなった。その堂々たる威容からついた呼称が「軍艦島」であった。」と紹介されている。

 現在は、廃墟化しているが、一部の人には人気があるらしい。2015年には「明治日本の産業革命遺産」のひとつとして世界遺産登録されている。

 さて、この本はかれこれ10年前に出版された本で、「昭和期日本の住宅学を切り拓いた住宅学者、西山夘三(1911-1994)が、戦後二度にわたり、「軍艦島」こと長崎県・端島を訪問調査し、カラーを含む住宅と生活の写真を数多く撮影していたことは、ほとんど知られていない。 本書は、それらの未公開写真を中心に、当時の調査レポートや資料を加え編集し、活気ある軍艦島の生活を誌上で再現した、貴重なビジュアルブックである。
 廃墟となった後の写真、当時のモノクロ写真などはすでに多く公開されているが、
これほど多くのカラー写真が公開される例は非常に珍しい。
 また、炭鉱関係者や写真家ではなく、人とすまいを見つめつづけた住宅学者の視点で残る当時の資料はほぼ唯一と言える。世界にも類を見ない、高密・高層炭鉱住宅群を、
日常のくらしを見据えた視線で捉えた写真とスケッチの数々は、日本を代表する炭鉱であった軍艦島の栄華と、特異な環境に生きる人々の生活を生き生きと伝えている。」

 今となっては、とつても貴重な記録だ。

 端島で多くの人が働き、暮らし、育ち、そして亡くなったという事に思いをよせ、歴史の光と影に目を向けるようになれば良いのだが。

「豊臣家の包丁人」木下昌輝 著

NHK大河「豊臣兄弟!」便乗投稿ではないが、この「豊臣家の包丁人」は視点が新鮮。

 何しろ大角与左衛門という豊臣家2代(秀吉、秀頼)に包丁人として使え、大阪城の台所に火をつけて、その功績で家康に奉公しようとし、後世「天下の極悪人」と評される大角与左衛門を軸に膨らました小説なので、興味津々で読んだ。

 こういう歴史に埋もれた人に焦点をあて、長編小説に仕上げる力量は並大抵のものではないと思う。しかも一種のグルメ小説になっているし。

 私は、NHK大河「豊臣兄弟!」を観ていないけど、この「豊臣家の包丁人」を原作にして脚本作ったドラマもありかなと思った。

 「料理は人と人の心をつなぐ」というのはその通りだと思う。私達ジジババも「食」を大事にして「人と人の心をつなぐ」ように努めている。

 心理学で言うと、美味しいものを食べると幸せな気分になり、その時の会話や一緒にいた人の印象も良くなると言われている。このように何かの印象が、何の関係もない物事に無意識のうちに結びつくことを「連合の法則」というのだそうだ。

 アメリカの心理学者、グレゴリー・ラズランは、美味しい食事をしながら交渉をすると、この連合の法則が働き、取引に良い効果をもたらすと書いている。これを「ランチョン・テクニック」と名付けている。

 先人たちは、心理学者の分析より、はるか以前から「ランチョン・テクニック」の重要性を認識し実践していた。恐るべし。

 まあ「美味しい食事」をするというのが基本で「不味い」のは逆効果なので、くれぐれも御注意を。

「本なら売るほど」児島青

2026年最初に読んだ漫画は「本なら売るほど」

婆ちゃんが買ってあつた1巻と2巻を読んだ

思えば、中学生ぐらいまでは近所にあった貸本屋にお世話になった。

古本屋ならぬ貸本屋、兼駄菓子屋というのが

それぞれの町にあったような記憶がある

そこで太宰治、芥川龍之介、松本清張等の本を借り読みふけっていた

中学生の頃は文学少年だった

この漫画の舞台、青年が営む古本屋「十月堂」は

本と人とがもう一度出会い直す場所

様々な人が訪れ、手にした一冊の本が、思わぬ縁をつないでいく。

本を愛し、本に人生を変えられたすべての人を紡ぐ。

古本屋もやってみたかったな。

まあ「十月堂」のような本に対する知識はないけれど

「改訂版・建築申請に役立つ技術的助言ガイドブック」建築申請実務研究会 編集

 2025年最後の投稿は何にしようか迷って、弊社らしいものは、やっぱり法令に関するものだろうと思い、この本の紹介を兼ねて投稿することにした。

 この本の初版は令和元年12月、今度の改訂版は令和7年10月。この約6年の間に、「太陽光発電設備等の建築基準法上の取扱い」「建築物の屋上に設置する太陽電池発電設備の建築基準法の取扱い」「既存建築物の増築等における確認審査の実施」「採光のための開口部を設けることを要しない居室の取扱い」「CLT等の構造部材としての再利用の取扱い」「既存の基礎ぐいの建築材料としての取扱い」「既存不適格建築物の増築等に関する制限緩和」等、多くの技術的助言が発出されている。

 国土交通省は、改正法令の適切な運用が図られることを目的とし、改正の趣旨、運用の取扱い、留意事項等を示した通知を「技術的助言」として発出している。法令について問題や疑問が生じたときに適正な取扱いを判断するうえで参考になることが多く含まれている。

 11月に購入し積読状態だったが、ようやく大晦日の早朝に読むことができた。近年の新しい若しくは改正された技術的助言を拾い読みするだけで、結構なボリュームだった。

 

 

「実務者のための工事監理ガイドラインの手引き・戸建木造住宅編」

改訂版から分冊された「戸建木造住宅編」

 最近は戸建木造住宅の仕事は少ないのだが、「非木造建築物編」と一緒に「戸建木造住宅編」も購入したので目を通した。

 両編ともに掲載されている「2、工事監理と監理業務の法的責任等について」という弁護士の大森文彦さんの書かれいる章を読むと身が引き締まる。

 「工事監理者が法的責任を認識することの重要性」「工事監理者の不法行為ルールについて」「準委任責任契約の場合の設計者の注意義務」「設計受託者の不法行為責任」について再学習することができた。

 基礎の配筋やコンクリートの品質、木造だとアンカーボルトや金物類の確認は、とりわけ重要だ。

 いずれにしても「非木造建築物編」と「戸建木造住宅編」は工事監理者必携書。

師走

【パレスホテル東京・ロビー】

早いもので2025年は、今日も入れて後3日

28日の夜に月末納品の図書を送信し、年賀状を印刷した

今日から身の回りの片付け少々

2025年も忙しかった。

相変わらず出張が多かった。

北は仙台、中部地域、そして南は長崎

2026年の経済の先行きが気になる

円安、株高、金利上昇、貧富の格差拡大、増税、可処分所得の減少

考えると憂鬱になるから

建築士としての職能を磨くことに時間を使いたい

藤本タツキ 初期短編集4冊

 あの「チェンソーマン」の藤本タツキの初期短編集4冊(漫画)を読んだ。ルックバックを2026年に是枝監督が実写化するという事を見聞きして、原作のルックバックを読んでみたいと思ったのがきっかけ。

 漫画を見るのは、いつもベッドで横になって。ディスクの脇にベッドを置いてから、疲れたらすぐ横になる。それから腰痛に悩まされることはなくなった。時々そのまま寝てしまうのが難点だが、そうした休憩の時間に見るのは、決まって漫画が多い。

 藤本タツキ氏は、まだ30代前半と若い作家だ。私の感想では正直、絵がそれほど上手いとも思えないし、ストーリーも意外と平凡だけど、着眼点に光るものがあると思う。

 結構、刺激的でパワーがある。爺さんは若い人のパワーを吸収したい。吸血鬼もいいけど若い人のエネルギーを吸収してトランスフォームするというのもありかも。

 それと 時々背景に描かれる秋田の風景が美しい。実写版の映画が楽しみ。

 ルックバックは「回想」とか「振り返る」とかの意味だが、男も女も後ろ姿に表情が現れる。年齢に関係ないのかもしれない。

 尚 私は「チェンソーマン」は まだ見ていない。

この初期短編集の17歳から26歳の作品8編もアニメ化されたとのこと

「社長がつまずく すべての疑問に答える本」田中修治 著

 毎年12月は、会社の決算が終わり税金を払い、来期の計画を考える月だ。実務に追われていても前期の決算書を眺め、経営の方向性について、あれこれと思案する日々。株式会社として12期が終わり13期が始まった。前期から継続した業務(受注残)があるが、2026年の日本経済の動向は、ガスがかかっているように思えるので予断は許さない。

 さて弊社の来期の計画を考えるうえで、この本を読んだ。

 本の紹介には「赤字から500億企業へと築いた再建のリアル 田中修治氏が語る経営鉄則」「倒産寸前のメガネチェーンを買い取り、たった1年で黒字化。その後、13カ国600店舗・年商400億のグローバルブランドへ――。」数々の事業をゼロから立ち上げてきたオンデーズ会長田中修治氏が、赤裸々な実体験をもとに、経営者の“つまずき”にQ&A形式で答える実践型の経営書。社長が陥る“罠”と“答え”をQA形式で一挙収録!すべてリアルな悩みに直球で答える、現場目線で徹底解説。
資金繰り、人材、ブランド、海外展開、M&Aなど、社長が必ずぶつかる課題を、実体験とリアルな知見をもとに著者書き下ろしで解説します。」

 経営・経済の学者・評論家の言説より、オーナー経営者の実践的なノウハウが役立つ。勿論オンデーズは物販だし、弊社は建築サービス業。一般の会社と違い、社員は少なくチームで業務を進めているので組織論も異なる。

 弊社は、売上は昨年対比で毎期常に100%を超えてきている。それでも前期は相談件数は多かったが成約数は少なかった。個々の案件に色々な事情があるにせよ、分析をしなければならない。また利益率が数パーセント下がったが、色々なデーターを分析してみないといけない。諸物価の値上がりもあるだろし、内的な要因も考えられる。とにかく毎日考えることは多い。

 2025年12月出版されたばかりの本だが、自分の会社の経営について考えるうえで、とても参考になる本という事は間違いない。

 

「実務者のための工事監理ガイドラインの手引き(非木造建築物編)」

 建築士法において工事監理とは「その者の責任において工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおり実施されているかいないかを確認すること」と書かれているが、具体的な確認項目や確認方法、確認範囲は定められていない。

 と言いつつ。実際既存建築物の現場を見てみると、図面との照合でさえ怪しい建物に遭遇することもある。耐震診断と同じように既存建築物の調査では「実際を正」とする。図面と現場(実際)が食い違っていることは多く、現場を自分の目で確認することは最も大事である。

 既存建築物の増改築等の工事監理では、現場に合わせて臨機応変な対応。施工会社への指示が必要となる。その為には、やはり基本を押さえておく必要がある。

 この本は、国土交通省平成21年告示98号に基づく「工事監理ガイドライン」の確認方法を例示したもの。各項目に写真も多用されわかりやすい。

 工事監理担当者必携の書。

年末年始に読みたい !

 年末年始に読みたい本として、好きな歴史関係図書を中心に選定。

 磯田道史さんが、毎日新聞に書いていた2025年「この3冊」を中心に読むことにした。松木 武彦『古墳時代の歴史』(講談社)、笠谷 和比古『論争 大坂の陣』(新潮社)、関 幸彦『<幕府>の発見』(講談社)。を購入。

 考古学による古墳時代の通年史が、社会全体や当時の世界の動きを視野に入れ総合的に書かれている。国立歴史民俗博物館教授陣による古代に至る日本列島の通史の中の一冊。既に少し読み始めている。

「関ケ原」ではなく「大阪の陣」で家康はようやく天下を取った。近世史の第一人者である著者が通説・俗説を論破し、関ケ原から大阪の陣までの真相を明らかにする。

 中国の文献に現れる「幕府」という語が、日本で「武家政権」を示す概念用語として使われるようになったのは、江戸時代後期のこととだという。ではなぜ、織田信長や豊臣秀吉の政権は「幕府」と呼ばず、鎌倉・室町・江戸の三つのみを幕府と呼ぶのだろうか。

 日本人の歴史観に最も影響を与えたという司馬遼太郎が、本当に伝えたかったことは何か、多分再読になる。本箱のどこかにあるかもしれないが

 これは、若い時に読んだエーリヒ・フロムの「自由からの逃走」。ユダヤ人であつたフロムは、ドイツ国民にファシズムが浸透してしまつた原因を精神分析的に考察することに生涯を費やした。「権威主義的パーソナリティー」「社会的性格」について再学習のつもり。戦前回帰の風潮が強まる現代に抗うために。

「実測術・サーベイで都市を読む・建築を学ぶ」陣内秀信・中山繁信編著

 2001年6月初版、もう25年前の本なのだが、本箱の片隅から出てきたので、懐かしくなって読み直した。

 1960年代後半から70年初め、法政大学宮脇研究室のデザインサーベイの活動が繰り広げられた。

 他大学であったが、私が大学生になった頃それらの活動は終息期に入っていて、デザインサーベイに直接かかわることはなかったが、大学の図書館と伊藤研でむさぼるように本、図面、資料を読んでいた記憶が蘇ってきた。もう半世紀も前の事だ。

 デザインサーベイと恩師・伊藤ていじは深くかかわっているし、中山繁信先生は、伊藤研究室の助手をしていた。私が研究室に入ったのは、中山先生が助手を辞められた後だった。

 2年社会人をしてから大学に進学したが授業は退屈だった。自然と授業に出席せず大学の図書館に入り浸るようになった。食事は学食でカレーライスか、かけそば。本を買う金も飯を食う金にも困っていた。そんな青春時代を過ごしたせいか、今でも駅の立ち食いそばが大好き。それと本に囲まれている空間が一番落ち着く。

 私は1979年大学卒業だから、丁度宮脇研と陣内研の活動の端境期になる。もう少し時期がずれるとデザインサーベイの活動に参加していたかというと、それはわからない。何しろ当時は、各地の民家、集落を見に行く、調査しに行く旅費さえなかったから。各地の伝建地区を見に行けるようになったのは、随分と後の事。

 「本書は、二つのゼミナールにおける「デザインサーベイ」と呼ばれる実測調査を紹介するものである。ひとつは、1960年代後半から70年代半ばにかけて日本国内で調査を行った宮脇檀氏のゼミナール。宮脇ゼミが開始したデザインサーベイはフィールドワークの先駆けであった。そして、もうひとつは現在も海外を中心に活動中の陣内秀信氏のゼミナールである。
 活動時期や調査対象とする場所は異なるが、両者には共通するものがあるようだ。彼らの体験から、実測調査というものが単なるデータ収集の作業ではないことが理解できるだろう。
 まず、「調査への情熱」である。それが地道な作業の積み重ねへの糧となる。そして、その情熱は建築や都市に対する想いの現れであろう。デザインサーベイの作業は、あたかも彼らが建築や都市へ抱いている熱き想いを確認する作業であるかのように映る。
 もう一点は、調査中に遭遇する「住民たちとの触れ合い」である。調査のなかで感じた住民たちの優しさや温かさについては誰もが強調している。彼らの体験は、都市や街の魅力がそのような住民たち、人間によって支えられているということを如実に示している。それは近代の建築や都市に欠けていた視点ではなかろうか。彼らは調査を通して、ごく自然にそのようなことを学び取っている。これこそがフィールドワークの醍醐味なのであろう。
 生前、宮脇氏は「一に旅、二に旅、三と四がなくて五に建築と冗談を言うほど旅が好きだったそうである。旅好きが抱く見知らぬ土地への想いが彼をデザインサーベイへと誘ったのであろう|。そんな宮脇氏の教え子たちが綴った体験記を読んで、無性に旅にでたくなった自分がそこにいた。」と別なところで、この本について書かれている。

 今、主要な業務である既存建築物の再生・活用で、調査を人任せにせず、毎回調査チームを編成して調査・設計・監理と一貫して行うスタイルを保持しているのは、デザインサーベイの遺伝子を少し受け継いでいるからかもしれないと自分では思っている。

「生きる言葉」俵万智 著

「スマホとネットが日常の一部となり、顔の見えない人ともコミュニケーションできる現代社会は、便利な反面、やっかいでもある。言葉の力が生きる力とも言える時代に、日本語の足腰をどう鍛えるか、大切なことは何か――恋愛、子育て、ドラマ、歌会、SNS、AIなど、様々なシーンでの言葉のつかい方を、歌人ならではの視点で、実体験をふまえて考察する。」と紹介されていた。

 人と人との通信手段である電話やメール、SNS、手紙など、私たちがコミュニケーションをするための方法であるが、身近な人でも電話が主な人、メールが主の人、ショートメールが主の人等様々である。

 私自身は、かつてはミクシィやツイッター(X)もやっていたし、オフ会で色々な人とリアルな付き合いが生まれたりしたが、いつの間にか言葉で人を傷つけたり、中傷したり分断をあおったり、犬笛を吹いて扇動する輩とかに支配されている有様が嫌になってしまいSNSからは撤退した。今はテーマ別の幾つかのブログで一方的に発信しているだけだが、知人にたまに会うとブログの記事が話題になることが多い。

 今や年賀状もメールで来たり、年賀状を出す人も、会社も少なくなった。歳をとったから年賀状を出すのをやめたという人もいるが、お互い安否確認のために年賀状ぐらい出しあおうよと思う。

 今や「言葉より画像の時代」というかもしれない。たとえ画像や動画がわかりやすい手段だとしても、本来「言葉とは人と人とをつなぐものであり、楽しいものです。」と俵万智さんは書くように、繋ぐものであり分断や対立を煽るものではない。

「ペリリュー 楽園のゲルニカ」

 2025年12月5日公開の劇場アニメの原作「ペリリュー 楽園のゲルニカ」武田一義の全11巻+外伝4巻を一気読みした。

 幾つもの仕事の締め切りに追いかけられているのに、時々現実逃避をしてしまう。

 親しみやすく可愛い三頭身のキャラクターが、戦場の悲惨な現実に直面していくため読後感はとても重い。考える事が沢山あって中々感想を書けない。

 軍備拡張なんかして、対立を煽り立て、戦争なんかしちゃいけんという事だけは、はっきりしいる。

 戦後80年。もはや太平洋戦争を経験した人は、ほとんど生存していない。戦争体験者である父母も、すでにこの世を去った。その子供である私達も「ジジババ」になった。孫やひ孫に、戦争の現実は引き継いでいかないとならないのだと思う。

 こういう漫画や、アニメは残していかないと。若い人たちに映画も漫画も読んでもらいたい作品。

2025年 私がナンバーワンに推す漫画

「やりたいことは 全部 やりなさい」森永卓郎 著

2025年1月に亡くなられた

経済アナリストの森永卓郎さんの最後のメッセージ

「人生において最も大事なのは『やりたいことを全部やり、完全燃焼する』こと」

 古希を過ぎて、婆ちゃんには「やりたいことがあったら、なんでもやってみな」と言っている。そのせいか趣味に仕事、通院やらジム、人に会いに出かけたり毎日予定が掲示板に書かれ、フル回転中。

 そういう私は、「若い時にやりたいことやって来たんだから、今更しなくても」と言われ、まあ振り返ると反論もできないので、ワークホリックを加速させている。

この本は、「貯める・増やすよりも豊かになる本当の生き方」として6つの章が書かれている。

第1章 やりたいことは全部やりなさい

第2章 「資本の奴隷」になってはいけない

第3章 新しい増税地獄を生き抜け

第4章 「常識」は正解ではない

第5章 属せども、隷属せずに働きなさい

第6章 「終わり」を意識して生きなさい

 森永卓郎さんらしい「お金と人生の本質」を次世代に語った本。私的には「元気なうちから死を意識することで、人生は輝く」というメッセージが強く心に残った。

「旅の建築フィールドノート術」渡邊義孝著

 読んでいて、とても楽しい本だ。アゼルバイジャンとか台湾とか、とても興味深く読んだ。

「建築体験とは、その地で食べた屋台飯や雑踏の匂い、喧騒、道行く人のふるまいや耳にした会話と不可分だ。31年間で54の国と地域を巡り、「生きた時空間」の中で建築と出会いつづける著者による旅の記録術。3000頁超のノートづくりに裏打ちされた図法選択や聞取り・実測手法、速記や時短着彩のテクニック、人や食の描き方。」と紹介されている。

 私もアナログ人間なのでHOBONICHI TECHOに、フィールドノート的なものを描き続けている。もう20年以上なるかもしれない。

 しかし他人に見せるものでもないし、自分でも後で見直すと何て書いてあるか判別できない文字があって苦笑する。

 この本は他人に見せることを意識して、本にすることを前提にしているかのようなフィールドノートだ。もしかしたら原本のフィールドノートは別にあるのかもしれない。

 そんなことを考えてしまうが、旅や日常の記録としては、とても秀でた、楽しい本だ。

「建築の監理-建築のあり方を考察する―」

この本は、「建築物工事に当たっての企画立案業務から、設計・監理業務、工事施工・完成、マネジメント・運営管理業務まで」を、全体のフローチャートに沿つて、法令規定や基準に準拠するなどして、実行のための遂行方法と協議・検証・確認などについて、建築の専門性と経験則などを基に記述している。
 本書「建築の監理」の主眼は、「建築家(建築士)が履行する監理業務の重要性について欠かすことが出来ない責務」などを明確化することにありますと書かれている。

 耐震偽造事件のあと、建築の品質管理が強調された時期があった。そういう私も組織設計事務所で設計部門から工事監理専任になり、法令的な手続き等を特に担った時期があった。あれから20年あまり、最近の建築品質管理は形式的で、形骸化しているように感じる。

 建築の品質は、建物や構造物が設計通りに施工され、安全で耐久性のあるものとなるための重要な管理プロセスで、建設業における品質管理は、単に見た目の美しさを追求するだけでなく、以下の要素を含む複合的な概念だと言われている。
・設計図書通りの性能・機能: 建物が設計通りの強度、耐震性、断熱性、遮音性を持つこと。
・ 建築中および完成後において、利用者や周辺環境に対して危険がないこと。
・耐久性・持続性、 法定耐用年数や期待される期間、安全かつ快適に使用できること。
・法令・基準の遵守、 建築基準法や各種条例、JIS規格などを厳格に守っていること。
・顧客(発注者)の満足、 発注者の要求や期待に応えていること。


 この本は、建築監理の役割と実務の在り方について、その理念について書かれているが、若干形式的記述であり、対象が大規模な建築における工事監理の枠を超えていないように思う。

 最近、思うのは「日本は品質」で世界と勝負すべきではないかと思う事。我々も建築家(士)の職能について、今一度振り返り、足りない部分は強化すべきではないかと思う事。

「ひらやすみ」真造圭伍 

 数年前にビッグミックスピリッツで何度か読んだ記憶がある真造圭伍さんの「ひらやすみ」が、実写化されNHKドラマとして放映されると聞いて、1巻から9巻まで購入し読んだ。

 爺さんの息抜きは、若い時から1に漫画、2に映画(現在はネットフリックス)、3に寝ることで何十年経っても変わらない。

 「ひらやすみ」で描かれているのは「青春」

 若い時、といつても半世紀以上前にアパートが決まるまでの一時期、先輩(男)の高円寺のアパートに居候していた時がある。この漫画の舞台となっている阿佐ヶ谷もなじみが深くて、あの頃のことを思い出した。かろうじて職にはついていたが、彼女もおらず、自分が何をしたいのか、もがき苦しんでいた時代だ。

 酩酊し高円寺の駅前でゲロした思い出、知らない大学生達と飲み明かした時の事、その頃はまだ大学に進学していなかった。多分19歳ぐらい。

 読者のそれぞれの思い出とシンクロする。まるでバックトゥーザ フューチャー。

 タイムマシンのような本だ。

「フードスケープ 図解 食がつくる建築と風景」 正田智樹 著

地形と気候に応じた食がつくる建築と風景が、フィールドワークに基づく図解集として紹介されており興味深い。

 食をつくる条件が、純粋に建築となってあらわれる。

 プラックスボックス化したフードシステムに支配された現代では、ハンナ・アーレントの「機械のリズム」と「生命の自然のリズム」が想起されると藤原辰史さんと正田智樹さんが対談の中で書かれている。

 スロー・フードスケープは「顧客と売る側」「売り手と買い手」という固定化した人間関係に隙間を作っている。

カレマ村のワイン、アマルフィのレモン、小豆島の醤油、多気町の日本酒等、日本とイタリア16の食の生産現場を読み解いている。

 蓄熱する石積みの段々畑、風を呼込む櫓、光や湿気を採り入れる窓等、自然のリズムとともにある食生産と人の暮らしを取り戻す為の建築の問い。

 現実と折り合いをつけながらの建築、それが僕らの目指す唯一のシステムではないという事を教えてくれる。