「小さな声からはじまる建築思想」神田順著 

 東京大学名誉教授であり、建築基本法制定準備会会長の神田順先生が2021年2月に出版された本。

 神田先生の「20年くらいの自分思いを、行動にすべく生きてきた記録を、自分の言葉でまとめてみました。果たして「小さな声」を生かすことになっているのか、行動できているのか、これからお話しします。」とある。

 神田先生の生い立ちから学業の変遷を振り返りつつ、影響を受けた図書のことなどを織り交ぜて書かれている。神田順先生は1947年生まれとのことなので、ほぼ同時代を生きた兄貴分といって良いだろう。70年安保の東大闘争の頃、神田先生は現役の学生であり闘いの中にあった。私は北海道の田舎の中学生で毎日東大闘争のテレビに釘付けになっていた。

 このところ建築基本法制定準備会の神田先生の書いた文章を読んでいて、何だかとてもシンパシイーを感じていたが、この本を読んで神田先生が影響を受けた本、参考にしていた図書が、ばっちり自分と重なっている事を知った。

 その中でも神田先生が宇沢弘文先生の「社会的共通資本」の考え方に共鳴されていたことを知ったことは大きい。私は若い時は哲学書が好きで読みふけっていたが、シニアになると経済学や経営学を勉強するようになり、その中でもっとも共鳴したのが宇沢弘文先生の本だった。そして見果てぬ夢となった「三里塚農社」構想があったことを知りショックを受けた。まあその事は長くなるので別の投稿にしょう。

 神田先生の名前は、2003年の建築基本法制定準備会設立の頃から知っていたが、驚きだったのは2019年の大田区長選挙に立候補された事だった。立候補に至る経緯もこの本の中で書かれていて腑に落ちた。

 神田先生は工学・建築構造の研究者として、建築法制を俯瞰し「建築基準法に細かい規定がいっぱいあつて、それを全部クリアすることが本当の設計といえるのだろうか」というのが問題意識の通底にあると書かれているが、それは私も全く同意見。

 私は確認審査機関に勤務して建築基準法・施行令・規則・告示という建築法制の審査する側に身を置き、事務所開設後には、設計者として図書を作成して審査受ける側になるという両方の立場を経験した。その中で建築基準法の規定をクリアすることが本当の設計といえるのか。遵法性と安全性は別物となっていないか。現行法が正しくて改正前の規定が間違ってると言えるのか。ということを常々考えている。

 法律は時代の社会、経済、政治に強く影響を受けている。

1998年の建築基準法の改正は、アメリカからの外圧により性能規定という考え方が取り入れられた。2000年には建築確認業務を民間に開放し、指定確認検査機関が次々と開設され、今や9割ぐらいの確認審査を指定確認検査機関が行っている。この30年近くを振り返ってみると新自由主義に基づく規制緩和の連続だったのではないかと思う。

 昨年から関わっている建物が大型化し、自ずとまちづくりとか広義の環境に関心が向いている。

 建築は人々の生活と一体不可分の関係にあり、広義の環境という枠の中でエンジニアリングも芸術も融合したものでなければならないのだと思う。勿論 事業利益がきちんと出ないと 後々の修繕費も捻出できないので、経済的合理性が重要だということは前提にある。

 この本を読んで、色々な事を考える契機になりました。