ワンオブゼムの神から天皇の氏神へ・・・伊勢神宮

 

 ずっとよくわからない事があった。八百万の神々がいる中で何故、伊勢神宮が天皇の氏神となったのか。

 歴史を遡ること壬申の乱(672年)。天皇家内部の争いがあった。

 関ヶ原のあたりで大友皇子軍と大海人皇子軍が衝突した。

 戦いの中、突然疾風が大海人皇子軍の後ろから吹き、矢は長く勢いよく飛び、逆に大友皇子軍のほうの矢は風に押されて途中でバタバタ落ちてしまう。大友皇子軍は一気に押しまくられて負けた。

 以来、大海人皇子軍を助けたその風は、伊勢の方から吹いた風であるというので「神風」と呼ばれるようになる。

 そこで伊勢神宮が浮上する。

 伊勢神宮が天皇家の氏神になるのは壬申の乱が契機。

 大海人皇子はこのあと天武天皇となって皇位につく。美濃と伊勢の豪族を連れて勝利したこともあり、それから恐らく日本で始めて集権的な政府をつくっていく。

 そしてワンオブゼム、八百万の神々のひとつでしかなかつた伊勢神宮が、天武・持統という夫婦の天皇の時代に氏神化されていった。

 各地に元伊勢(もといせ)がある。現在の三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所で伝承地の真偽のほどについては不明であるが、20社から60社ぐらいある。

 「伊勢神宮内宮の祭神・天照大御神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」であったと伝えられる。すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した天皇が皇女・豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに始まり、さらに理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを引き継いで、およそ90年をかけて現在地に遷座したとされる」

 元伊勢を巡ってみたいという衝動が・・・