『「美食地質学」入門・和食と日本列島の素敵な関係』巽好幸著

「美食地質学」聞きなれない言葉だなと思いながら本屋さんで眺め面白そうと思い購入。

 著者は「マグマ学者」と自称するが、つまり地球の進化や火山・地震のメカニズムの研究者。日本各地の食文化と地形・地質との深い関わりに注目して本書を著したとある。

 酒や食べる事が好きな学者さんというイメージだが、食文化に対する造詣は、蘊蓄(うんちく)等というものではなく。その知識の深さに圧倒される。

 具体的には 出汁、豆腐、醤油、蕎麦、江戸東京野菜など多彩な食材を取り上げて食文化について書いている。

 和食の特徴を支えている「出汁(だし)」は、出汁そのものは濃厚ではないが、他の食材の魅力を究極までに引き出す。その出汁の奥深さは昆布と鰹の旨味の相乗効果によるものだと言われているが、ここで重要なのは「水の硬度」なのだという。

 日本列島の水は圧倒的に「軟水」で、これが昆布の旨味成分であるグルタミン酸を効果的に抽出することができるのだという。京都の地下水は「軟水」で、これが京都で和食文化が花開いた一要因なのかもしれない。

 一方、フランス料理のブイヨン・フォンの主役は、獣肉や鶏肉に含まれる旨味成分で、主にイノシン酸。それにはカルシウムを多く含んだ硬水を使った方が、より清浄なブイヨンがとれる。ドイツ、フランス、イタリア等のヨーロッパの水は「硬水」。

 このように「水の硬度」と「食文化」との関わりに目が開かれた思いだ。

 又、日本酒と水との関係も興味深かった。

 2023年の年の暮れに神田淡路町(旧連雀町)あんこう鍋「いせ源」に行ったが、主力の日本酒は「灘の五郷」の「菊正宗」で、それも熱燗だった。この旧連雀町界隈では、菊正宗の看板がよく目に入る。辛口で力強い「灘の本醸造酒」は「男酒」とも称されるが、居酒屋が登場するまで蕎麦屋は庶民の酒場だったそうで、そこでこだわり続けているのが「男酒」らしい。そういえば淡路町(旧連雀町)の蕎麦屋「まつや本店」でも、昼間っから酒を飲んでいる人が多かった。

 「灘五郷」の日本酒というと、「沢の鶴」「白鶴」「剣菱」「福寿」「松竹梅」「日本盛」「白鷹」「白鹿」と全国に知られた酒蔵が目白押しで、この灘の男酒を支えているのが「宮水」(西宮の水の略)。

 花崗岩からなる六甲山系の伏流水が湧き出るこの水は、国内で最も鉄分が少なく、最高の酒蔵好適水で、中硬水に分類されるとのことだ。
 「日本酒を育む花崗岩の成因」というように、著者の専門分野に繋がっていくのだが、専門的で頭に入りづらいところもある。

 瀬戸内海地方の記述で、好天乾燥の気候がうどんの材料である小麦と塩と製造に最適なことや、瀬戸内海の潮流の速さと海峡の間にある灘の存在に明石鯛を始めとした魚介のおいしさの秘密があるなどの箇所も興味深い。

 他にも山梨のワイン、富山のホタルイカ、宍道湖のしじみなどを、土壌の性質、軟水と硬水、発酵と麹菌、旨味の成分と絡めて説いている。

 地震や地球の成り立ち、地形の解説は結構専門的で難解だが、食べ物がおいしい理由と一緒に説明されると比較的理解しやすい。山地と盆地、灘と瀬戸のように隆起域と沈降域が繰り返して分布する境界には断層があるため直下型地震のリスクが高いというのも理解できる。

 日本人は豊かな食材の恩恵を受ける代わりに地震という厳しい試練もあるが、縄文の時代から営々と築きあげられてきた日本の歴史と文化には尊敬の念しかない。

 八百万の神々に感謝する。