「日本の近現代建築家たち」文化庁国立現代建築資料館

 2023年7月から2024年2月まで開催されていた文化庁国立近現代建築資料館【NAMA】10周年記念アーカイブズ特別展の図録。PDFでも提供されているが、手元に置いておきたいと思い購入。

 アーカイブズ特別展が開催されていたのは知っていたが見に行けなかった。

 この人達から学び、背中を見ながら私は建築人生の半世紀を歩んできた。

 安藤忠雄さんの講演会に行ったのは学生時代。それまで安藤忠雄の名前さえ知らかったが「住吉の長屋」のスライドを見た時は衝撃的だった。これ以上単純化できないコンクリートの箱という建築表現。その図面はとても美しかった。

 個人的には第一工房の高橋靗一さんの作品が好きで村野藤吾賞を受賞した「群馬県立舘林美術館」を見に行った時は感動した。これほど自然との調和がある美術館は見たことがなかった。

 この図録で取り上げられている先人たる建築家の日本建築界に与えた影響は計り知れない。

「建築史への挑戦 住居から都市、そしてテリトーリオへ」陣内秀信・高村雅彦編著

陣内秀信先生の法政大学教授最終講義集。

 2019年出版当時に一度読んでから、いつも机の上にあり何度も読み返している。自分にとって基軸となる本。だから書いておくことは多いし、中々読後感を記することができなかった。

 この本を「幹」にして参考となる「枝」となる本を読んでいると、何年経っても読み終わらない、読み返す「基軸」本となる。それほど陣内秀信先生の本に青春時代から影響を受けていると、今更ながら実感する。

 陣内秀信先生に直接お会いしたこともないし、陣内研究室で学びたいと思ったことはなかったが、その本から受けた影響は計り知れないのではないか。と半世紀を振り返えってみると思い起こす事は多い。

 同時代を生きてきた、ちょっとお兄さんの陣内秀信先生は、建物単体よりも都市空間の間の物語を紡いできた。研究領域の視点も住居から都市に移り、最近ではテリトーリオに広がっている。他の研究領域の人を巻き込んで とても学際的な研究を続けておられる。

 陣内秀信先生の口癖は「一点突破 全面展開」だと聞いて笑ってしまった。懐かしい1970年代初頭の言葉に触れ、ああ間違いなく同時代人だなと思った。

 あの時代の同時代人で「一点突破 全面展開」できた人は どれだけいるだろうか。そういう私も出来なかった。

 「一点突破 全面展開」できた稀有の存在である陣内秀信先生の本は、建築界のみならず現代社会人の必読書である。

「颶風の王」河崎秋子著

 2014年に三浦綾子文学賞を受賞した河崎秋子氏の「颶風の王」(ぐふうのおう)を読んだ。とはいっても読み終わったのは、かれこれ1ケ月前になる。感想を書く時間が取れなかった。

 一応このブログに感想を書いた後、書棚に移動することにしているので、ディスク廻り、ベッドの廻りが本で一杯になってきたので書いておこうと思う。

 この本は、河崎秋子氏の長編第1作らしいが、6世代にわたる馬と人との交感を描いたまるで「ルーツ」のような本。

 「颶風」(ぐふう)とは「強く激しく吹く風」との意味らしく、四方から吹きまわしてくる風を、昔 中国では台風等の熱帯低気圧の風を「颶風」と言っていたとの事だが、現代では用いられていない。

 この本に登場する主人公達の描き方がとても魅力的だ。馬に命を救われたミネ。馬によつて命を与えられた捨造。自分が救い出せなかった馬に心を残し続ける和子。最後の一頭となった馬との遭遇により新な視野を得るひかり。

 北海道は豊かで美しいだけではない。厳しく残酷な顔の自然という面も持っている。

 河崎秋子氏の本を読むと、自然と野生というものを失ってしまった人間へその本分を問いかけてくる。

 河崎秋子氏のまだ読んでない本が3冊机に置いてあるままだ。並行して読んでいる歴史書もあるのだが、仕事が混んできたので・・・

 本中毒だからな。本をくれ、本を

「未来へつなぐリファイニング建築」青木茂著

 建築界のブラックジャック、はたまたドクターXと私が勝手に命名している青木茂さんの本。青木茂さんは随分と本を出されているので、何冊目の著作になるのかわからないが、2019年3月初版とあるし、過去の主だったプロジェクトが掲載されているので、これが近著なのかな。久しぶり青木さんの本を買ったので詳しくはわからない。

 さて青木茂さんを知ったのは、かれこれ20年程前。まだ孤軍奮闘で既存建築物の再生活用に取り組んでいられるように思えた頃だった。

 私は現在の事務所を始めた10年程前に、青木茂さんと同じように「既存建築物の再生と活用」をテーマにしようと思ったが、その前に指定確認検査機関に勤務していたので、設計というより主として法規面からのアプローチになった。ゆえに青木茂さんが外科医・整形外科医なら、私は街場の内科医、かかりつけ医で行こうと思って事務所を始めた。

 それと基礎的な現場での調査を人任せにしない、業者任せにしない事を決めた。中間管理職になると段々と現場から、実務から離れている寂しさを味わっていたからかもしれない。これは、かろうじて現在も継続している。

 昔から「外科医は切るのが好き」だそうだが、青木さんは戦国武将のような容姿で建築界を席捲し、大学教授を経て、(一社)リファインニング建築・都市再生協会の理事長になられている。営業もお上手で、プロジェクト見学会の開催通知も頻繁に送られてくる。

 この本の事に戻そう。既存建築物の再生と活用のエッセンスは、かなり網羅されている。

 ただし本を読んだだけで、ブラックジャックになれると思ったら大間違い。大変な努力と試練が待ち受けている。しかし街場の外科医・整形外科医には努力すればなれるだろう。

「堀部安嗣作品集Ⅱ・2012年~2019年全建築と設計図集」

なんと美しい本なのだ。そう思った。

久しぶりに建築家の作品集を買った。

自分より若い年代の建築家では、以前から堀部さんに注目していた。

堀部さんの設計したものに最初に触れたのは外観と本だけだが「阿佐ヶ谷の書庫」

残念ながら まだ堀部さんの作品を体験したことがない

高知の竹林寺納骨堂と一連の施設を見に行きたいと以前から思っているのだが

中々機会がない

堀部さんの建築には「無理」がないのだ

この本の中で中島岳志さんが「堀部安嗣論」を書いている。

その中で

「堀部にとって『美しさ』は創作するものではない。美しさはやってくる来るものであり、宿るものである。美しいものを作ろうとすると、美しさは逃げていく。大切なのは、必然性に促されること。建築家の重要な仕事は、この必然性の風に乗ることである。だから、堀部の目指す建築は必然と『”すわり”がいい』建築へ回帰する。」

重要なのは「自己の表現」ではなく「場所の価値」

また住宅を設計したくなっている今日この頃

「めざせ!ムショラン三ツ星」黒柳桂子著

 新しいもの、変わったものをお店の中から狩猟する臭覚が優れている妻が面白かったと、背後に来て渡して行った本。1時間ぐらいで読めると言っていたが、半日ぐらいかかった。私は本を読むのが遅いのだろうか。

 刑務所には看守などの役割を担う刑務官だけでなく、教育専門官や福祉専門官(社会福祉士)、医師や看護師などの医療スタッフ。作業療法士や管理栄養士が在籍しているそうだ。

 病院や学校だって給食があるのだから、ムショだって当然 集団調理があり管理栄養士が配置されているのは何となく予想できた。

 ただ女性の刑務所管理栄養士は少ないらしい。

 この本は何も知らずに刑務所の炊場(調理場)に飛び込んだ女性管理栄養士と、料理初心者の男子受刑者たちの給食作り奮闘記。

 滅茶苦茶面白かった。

 知らなかった事を知ることは興奮する

 食生活と犯罪には因果関係があるらしい。岩手大学名誉教授の故大沢博さんの研究が紹介されている。低血糖症と犯罪の関連性やジャンクフード症候群について、それらが暴力や無気力、感情コントロールができないことにつながる可能性を指摘されている。

 ヒトの身体が食べ物で出来ている以上、思考や行動を司る脳を作るのも食べ物。そのことを意識しなければならない。

 空腹を満たせばよい、簡単で安ければそれでよいという「エサ」的な考え方では、「心身ともに」健康ではいられない。

 妻が年老いてから食と食品衛生について学び直した関係で、随分と感化されている。

 

「南海トラフ巨大地震-1」原作biki、漫画よしづきくみち

出来れば目を背けていたいこと、でもいつかは現実となる巨大地震による被害

生きているうちには巨大地震は来てほしくないと、最近 爺婆連中と話している。

東日本大震災の時から、水や食料等の防災用品は整えている

こうした地震がテーマの本は、避けるんだけど つい買ってしまう

この本は、2023年に初版で、私が購入した本は2024年2月の第5刷

重版出来のベストセラー

皆 同じような気持ちなんだろうな

地震と向き合い乗り越えてきた民族

「土に贖う」河崎秋子著

 2020年第39回新田次郎文学賞を受賞した河崎秋子氏の「土に贖う」(つちにあがなう)を読んだ。今、河崎秋子氏の小説を続けて読んでいる。

この本を読んで、つくづく生まれ故郷の北海道の事を知らなかったなぁ~と思った。

 北海道の厳しい自然環境の下で近代に栄えた産業や職業。具体的には養蚕、ミンクの飼育と毛皮、海鳥の羽根、馬、ハッカ草、煉瓦等を題材に、それらの消長を通して、人が今日生存する意味を問いかける短編集となっている。

 表題作の「土に贖う」は、戦後急速に需要が伸びた煉瓦の生産現場を舞台にしている。便利さと効率を追求し続けた近代以降の社会は、人間を豊かにした反面、生産にノルマが課され、労働者は徹底的に管理されてゆく。本当に「豊かに」なったのかということは疑問に思っているが、それは又別の機会があれば書いておきたいと思う。

 「皆が皆、同じ動きを繰り返して綺麗な直方体になるよう」土から成型されるレンガを近代労働者のメタファーにして「少しの歪みや割れが生じれば、正規品からいとも簡単に外される。不要とされ、捨てられ、顧みられることはない」レンガ同様に、それを作る人間も容易に使いつぶされる。

 先日、集まりの中で、現代は職人技術が急速に失われて行っていると言う事が話題になった。建築、印刷、自動車等。異業種の集まりだったので盛り上がった。ちゃんと食べていけて家族を養っていける職種ならば、息子や娘に継がせることはできるだろうが、食べていけないと予測できるから、職人は自分たちとは違った将来を自分の子供達に望むのではないのかと・・・。

 それにしても河崎秋子氏のリアリティある描写は圧巻であり、現実の厳しさを再現しながら、それらに打ち勝つ力のようなものを読者に蘇(よみがえ)させる。

ワンオブゼムの神から天皇の氏神へ・・・伊勢神宮

 

 ずっとよくわからない事があった。八百万の神々がいる中で何故、伊勢神宮が天皇の氏神となったのか。

 歴史を遡ること壬申の乱(672年)。天皇家内部の争いがあった。

 関ヶ原のあたりで大友皇子軍と大海人皇子軍が衝突した。

 戦いの中、突然疾風が大海人皇子軍の後ろから吹き、矢は長く勢いよく飛び、逆に大友皇子軍のほうの矢は風に押されて途中でバタバタ落ちてしまう。大友皇子軍は一気に押しまくられて負けた。

 以来、大海人皇子軍を助けたその風は、伊勢の方から吹いた風であるというので「神風」と呼ばれるようになる。

 そこで伊勢神宮が浮上する。

 伊勢神宮が天皇家の氏神になるのは壬申の乱が契機。

 大海人皇子はこのあと天武天皇となって皇位につく。美濃と伊勢の豪族を連れて勝利したこともあり、それから恐らく日本で始めて集権的な政府をつくっていく。

 そしてワンオブゼム、八百万の神々のひとつでしかなかつた伊勢神宮が、天武・持統という夫婦の天皇の時代に氏神化されていった。

 各地に元伊勢(もといせ)がある。現在の三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所で伝承地の真偽のほどについては不明であるが、20社から60社ぐらいある。

 「伊勢神宮内宮の祭神・天照大御神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」であったと伝えられる。すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した天皇が皇女・豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに始まり、さらに理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを引き継いで、およそ90年をかけて現在地に遷座したとされる」

 元伊勢を巡ってみたいという衝動が・・・

「軍師たちの日本史」半藤一利×磯田道史

時代が不安なときこそ、歴史に学べ

「組織のリーダーになる人は数限られているけれど、リーダーを補佐し策を練り実行する役割は、多くの人が担わざるを得ない」

 歴史を振り返るとリーダーだけが時代をつくるのではない。豊臣秀吉も東郷平八郎も、黒田官兵衛とか秋山真之という軍師・参謀がいなければ勝ち残れなかった。

 組織を生き抜いた軍師・参謀から、組織の中で生きざるを得ない多くの人が学ぶべきことは多い。

 この半藤一利さんと磯田道史さんの対談本は、2014年5月初版で、私が書店で購入したのは2023年12月の第5刷とある。10年前の対談だが全然色あせていない。私なりに参考になった語句を下記に書いてみた。

 「軍師・参謀に備えたい智力のひとつは、願望と現実を見極められる能力なのです。これは単なる願望か、現実化し得るものなのかを。」

 「参謀にあっては困る能力・・・カリスマ性、自己顕示欲が強い人」

 「反実仮想力・・・将来予測。将来の「iF」を考えて予測し対策を施す能力」まずは起き得る事態を並べて思いつくことが重要で、思いついたとしたら、つぎにそうなったらどうするか、その対策案をだせること。さらにそれを実行できるかどうか。

 「実事求是・・・相手がどんなものの考え方をするか、相手の脳内や心のなかまで見尽くして、知り尽くして上で立ち向かう。」リアリズムの感覚を研ぎ澄ますことがいかに大事か、期待可能性にかけるのではなく、常にリアリスティックに考え、正しい判断をくだす。

 「査定力・・・誰がキーマンなのか見抜けないで失敗することがあるが、すぐれた軍師には正しい査定力がある。」ラベルを信じない事。過去の発信なり書き物に遡るという方法

 「アネックス方式・・・成功率の高い改革法・舞台骨はそのままに別館を建てよ」日本人は経路依存性がとりわけ強い。

 「度胸と胆力・・・人間社会には、自然の法則のように必ずしも正しい答えがあるわけではない。しかも「理外の理」が起きてくる。だから度胸で判断を下すしかないことが、どうしたってあるが、そのとき少ない情報で判断しない事

 「参謀に必要な能力・・・時代に流されぬ知識・発想力・洞察力」

とても勉強になった

「落語がつくる〈江戸東京〉」田中優子編

 「江戸」当時世界最大の都市でありながら循環型で、持続可能な内発的発展を実現したとして都市として再評価されている。

 この本の問題意識の発端は、「落語における長屋や様々な場所と人間関係が『事実そのまま』ではなく、江戸自体の現実を要素としながらも、その後の時代に物語としてつくり上げられてきたのではないか」というところにある。

 田中優子氏は『長屋という思想』の中で、長屋は「厄介者や粗忽者や文字の読み書きができない人や無職やその日暮らしの職人が堂々と生きている社会」であり、そういう場所は近代の勝ち負けと立身出世と高度経済成長を価値とする社会から否定されたが長屋は「社会とは異なる価値の物語が生まれる場所」として生き延びた。それこそが落語の長屋であると書いている。

 陣内秀信氏は『都市空間の中の長屋⁻江戸東京とヴェネツィア』の中で、とりわけ「路地」と「共同井戸」に注目し「コモンズとしての集合的な空間」を描き出し、「家に住むより、むしろ街に住む」という感覚を指摘している。

 日本でアパートメント・ハウスが登場するのは、大正から昭和の始めにかけてで、その頃、上下に異なる家族が重なって住む欧米式の住み方が定着したと言われている。

 実際、上下に異なる家族が住む集合住宅に暮らしてみるとコミュニティ-が中々とれない。挨拶程度はするが、自治会もない。

 戸建ての時と違って町会もないし、神社のお祭り、火の用心の巡回もない。戸建てで薔薇を育てていた時は手入れをしていると近所の人に声をかけられて色々な話題に発展した。単身者になると集合住宅は孤独だろうなと思う。それゆえに「落語の長屋」に憧れるのかもしれない。

 

 法政大学江戸東京研究センターなるものがあることを、この本で始めて知った。又、初代センター長が陣内秀信先生であったことも知った。

 江戸東京研究センターが目指しているのは「さまざまな対象を人間(社会)と空間の両方から解き明かす、いわば文系と理系が協同するための研究」とある。

 総合大学のメリットを生かしている。

 バブル経済以降の再開発の事例にはパターン化した画一性を強く感じる。というか、ただの「寄せ集め」(「都市を癒す術」ピエル・ルイジ・チェルヴェッラーティ著)

イタリアの都市計画家ピエル・ルイジ・チェルヴェッラーティ氏は、その著書「都市を癒す術」で「私たちのいる場所は、すでに都市と呼べるものではなくなり、ただの『寄せ集め』となっている。土地の記憶を呼び覚まし、その姿を回復する術(すべ)を取り戻す。都市は、そのとき癒される・・・」と書いている。

 その画一性、寄せ集めと感じる理由の一つに、地域独自の社会と空間におけるディテールの読み込みの欠落があるのは明らかだが、近年、社会と空間のディテールを充実させる都市再生の新たな動きが目を引く。その場で働き暮らす人々が身の回りの空間形成へ主体的に関与しうる空間デザインの手法が磨かれつつある。また、空間を使いこなしそこを自分たちの居場所として再生していく活動も広まりつつある。

「小さな声からはじまる建築思想」神田順著 

 東京大学名誉教授であり、建築基本法制定準備会会長の神田順先生が2021年2月に出版された本。

 神田先生の「20年くらいの自分思いを、行動にすべく生きてきた記録を、自分の言葉でまとめてみました。果たして「小さな声」を生かすことになっているのか、行動できているのか、これからお話しします。」とある。

 神田先生の生い立ちから学業の変遷を振り返りつつ、影響を受けた図書のことなどを織り交ぜて書かれている。神田順先生は1947年生まれとのことなので、ほぼ同時代を生きた兄貴分といって良いだろう。70年安保の東大闘争の頃、神田先生は現役の学生であり闘いの中にあった。私は北海道の田舎の中学生で毎日東大闘争のテレビに釘付けになっていた。

 このところ建築基本法制定準備会の神田先生の書いた文章を読んでいて、何だかとてもシンパシイーを感じていたが、この本を読んで神田先生が影響を受けた本、参考にしていた図書が、ばっちり自分と重なっている事を知った。

 その中でも神田先生が宇沢弘文先生の「社会的共通資本」の考え方に共鳴されていたことを知ったことは大きい。私は若い時は哲学書が好きで読みふけっていたが、シニアになると経済学や経営学を勉強するようになり、その中でもっとも共鳴したのが宇沢弘文先生の本だった。そして見果てぬ夢となった「三里塚農社」構想があったことを知りショックを受けた。まあその事は長くなるので別の投稿にしょう。

 神田先生の名前は、2003年の建築基本法制定準備会設立の頃から知っていたが、驚きだったのは2019年の大田区長選挙に立候補された事だった。立候補に至る経緯もこの本の中で書かれていて腑に落ちた。

 神田先生は工学・建築構造の研究者として、建築法制を俯瞰し「建築基準法に細かい規定がいっぱいあつて、それを全部クリアすることが本当の設計といえるのだろうか」というのが問題意識の通底にあると書かれているが、それは私も全く同意見。

 私は確認審査機関に勤務して建築基準法・施行令・規則・告示という建築法制の審査する側に身を置き、事務所開設後には、設計者として図書を作成して審査受ける側になるという両方の立場を経験した。その中で建築基準法の規定をクリアすることが本当の設計といえるのか。遵法性と安全性は別物となっていないか。現行法が正しくて改正前の規定が間違ってると言えるのか。ということを常々考えている。

 法律は時代の社会、経済、政治に強く影響を受けている。

1998年の建築基準法の改正は、アメリカからの外圧により性能規定という考え方が取り入れられた。2000年には建築確認業務を民間に開放し、指定確認検査機関が次々と開設され、今や9割ぐらいの確認審査を指定確認検査機関が行っている。この30年近くを振り返ってみると新自由主義に基づく規制緩和の連続だったのではないかと思う。

 昨年から関わっている建物が大型化し、自ずとまちづくりとか広義の環境に関心が向いている。

 建築は人々の生活と一体不可分の関係にあり、広義の環境という枠の中でエンジニアリングも芸術も融合したものでなければならないのだと思う。勿論 事業利益がきちんと出ないと 後々の修繕費も捻出できないので、経済的合理性が重要だということは前提にある。

 この本を読んで、色々な事を考える契機になりました。

「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」太田和彦著

 旅と酒と肴の番組は沢山あるけれど、太田和彦さんのが私は一番好き。

 「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」は、BS11の人気番組だが私はもっぱらYouTubeで見ている。その番組の中から厳選した居酒屋を紹介して2020年9月に出版された本。

 私も全国に出張しているので、時間が取れるときは居酒屋で晩御飯という事が多い。知らない街の知らない居酒屋を訪ねるのは、ちょっとした冒険。

 太田さんの本などを参考にして店を選んだりするが、急に決まった出張のときは店の予約が出来ない事もあるし、連泊になってホテルで調査の準備をしたり、整理をするときなどは余裕があまりなく、適当な食事で済ますことも多く居酒屋には行けない事もある。

 太田和彦さんはアートディレクターだけあって、美的感覚が研ぎ澄まされている。この本では、昼は古き良き街並みや古刹を散策し、夜は地域に根付いた上質な居酒屋を選んで その店のこだわりの料理や銘酒を味わい紹介している。

 私も全国各地に思い出深い居酒屋がある。古いだけではなく居心地が良く、酒と肴が美味しかったところ。

 鳥取の知り合いに紹介され、予約まで入れてもらった米子市の「伊在」。高松市の「食工房 DOII」。渋いところで大垣市の「居酒屋とん平」。始めて田酒に出会った青森市の「UGUISU(うぐいす)」。ホテルで紹介された松本市の「しずか」等々。自分好みの居酒屋に出会終えた時は、ラッキーな気分になる。

 ある調査では中高年になってしたい事の第1位は「国内旅行」とある。海外旅行は、言葉も通じないし、お金の計算は面倒だし、治安は悪いし、一人二人で街歩きもままならない。その点 国内旅行なら心配はいらない。

 旅番組の影響か、中高年夫婦に居酒屋を巡る旅が人気だそうだ。太田和彦さんの紹介してくれる店なら間違いはないが、自分なりに居酒屋を探してみるのも楽しいものです。

 冒険の旅への準備は怠りなくしておこう。

  

「ともぐい」河崎秋子著

第170回直木賞を受賞した河崎秋子さんの「ともぐい」を読んだ。

一言でいうと「すごい」小説だ。

この本を買ったのは、まだ直木賞候補作だったときで、知らない作者だったが内容が面白そうなので購入した。

しばし積読状態だった。

専門書以外で読む本が無くなったので、横浜に移動する電車の中で読もうと読み始めたら引き込まれ、ほぼ一晩で読んだ。

「新たな熊文学の誕生」と帯に書かれているが、動物と自然と人間の「生」の強烈な描写に圧倒される。

熊を狩る猟師 「熊爪」は、獣の如く生き抜き、まぐわい、死を受け入れる。

今日的な「幸せ」なんて、もはや小さい事ではないかと思ってしまう。

身体の芯をえぐられるような連続する死闘と荘厳な命の滴りを描き尽くした傑作。

「方言漢字事典」笹原宏之編著

日本各地を訪れると何と呼んだら良いのわからない地名に出くわす事がある。

話し言葉に方言があるように、漢字にも特定の地域でしか用いられない「方言漢字」があり、多くは地名に見られるのだという。

その土地の人にしか読めないような漢字地名。例えば北海道には、アイヌ語に漢字を当てた地名が各地にある。私は北海道出身なので結構読める方だが、それでも読めない漢字はそれなりにある。

全国を見渡すと方言漢字というのはかなりあるようだ。こうした方言漢字の成り立ちや変遷、使用分布や使用状況について丁寧に解説した事典であり、方言漢字から地域の歴史や文化を知るのにも役に立つ。

例えば東京世田谷区にある「砧」(きぬた)。

この「砧」という地域文字は、地名としてはこの世田谷区にしかないそうである。

「「砧」は、洗濯した布を石などでできた台に載せて、棒で打って柔らかくしたり光沢をだしたりし、またアイロンのように皺(しわ)を伸ばす道具の名である。」「布だけでなく草などを打つこともあり、またそうした行為を指すこともある。」と書かれている。語源はキヌイタ「布板」に由来すると言われているとの事だ。

「砧」が何故 世田谷で地名となったのかはっきりしていない。近隣の調布市に「布田」(ふだ)、「染地」(そめち)など、布の産地を思わせる地名もあるから布の生産に関連性があるのではないかととも言われている。

そもそも「調布」というのも「布」に関係した地名だ。

律令国家の税には、いわゆる現物として租(そ)、庸(よう)、調(ちょう)、出挙(せいこ)があり、力役として雑徭(ざつよう)や兵役(へいえき)があった。「調布」という地名は調のもつとも一般的な品目である麻布の集積地だったのかも知れない。

万葉集巻14、東歌、3373に「多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの子の  ここだかなしき」とある。多摩川に手作り布を晒す情景が、労働歌に詠み込められている。(「坂東の成立 飛鳥・奈良時代」川尻秋生著 205頁)

埼玉県の「埼」(さい、さき)も用例と使用範囲が限定的な地域文字とある。「埼」は陸地が海や湖などに突き出した地形を意味し、神亀三年(726年)の正倉院文書に和同2年(709年)の条で「武蔵国前玉郡(さきたまのこおり)」と確認できるそうだ。歴史好きには、行田市の前玉神社(さきたまじんじゃ)が由来だろうと想起できる。

時々、読み直す事典なのだが、歴史好きには面白くて、たまらない本だ。

R6基本建築関係法令集

予約していた2024年(R6年)版の基本建築関係法令集が届いた。

頭の中を上書きする作業を始めなくちゃ

法令編と告示編の2分冊。

随分と長い間、この井上書院のブルー本にはお世話になっている

 過去の法令集は捨てるのが忍び難く溜まっていく

今年は合わせて建築設備関係法令集を購入した

自分の中では、今年は設備関係知識のバージョンアップ・イヤー

設備設計一級建築士の更新講習を受ける年でもあり、

並行して、空調や電気のセミナーへ参加する予定

技術者は 怠けていると頑張っている人に追い抜かれてしまう

「持続可能社会と地域創生のための・建築基本法制定」建築基本法制定準備会編

『なぜ二十一世紀になってから姉歯事件に象徴される社会を揺るがすような建築の諸問題が起きているのか。そこには制定後七十年経つ「建築基準法の制度疲労」という根本的な問題がある』と本書は指摘する。

 建築基準法は改正するたびに複雑怪奇で糸が絡んだ蜘蛛の巣のような法令となっていく。確かに制度疲労なのかも知れない。

 形式的で形骸化。書類上整っていれば良い。間違い探しの確認申請審査。最低基準のはずだったのに最高基準とはき違えている人。建築基準法の世界にいると何だか精神的に疲れてしまう。 

 「建築基本法は、建築の理念と関係者の責務をうたうものであり、それに対する具体的な規制や制限、罰則などは自治体が条例で具体化する必要がある」と本書は書く。

 地方自治分権が前提となつているので中々大変な作業ではある。

また『「建築基本法」が目ざすもの(案)・2012年3月 建築基本法制定準備会(会長 神田 順) <120327版>』では次のように書かれている。


『1.建築基本法の理念
「 豊かで美しい成熟社会を築くために、安全で質の高い建築と地域環境をつくる 」
-建築と地域環境を価値ある社会資産として蓄積し、世代をこえて引き継いでゆくこと-①建築と地域環境の質を高めて、安全と安心、健康と環境をまもり、豊かな成熟社会を創っていきましょう
②建築と地域環境が本来持っている価値を守り、社会的・文化的資産として次世代に継承していきましょう
③建築と地域環境作りに対する役割と責任を確認しあい、協力して美しい都市のたたずまいを作り出していきましょう
⇒「質の高い建築づくりで、豊かで美しい成熟社会をめざす」ために、建築基本法が必要なのです

 極めて正論である。であるからこそ、こうした方向に舵をとらなければならないのだと思う。

ということで、この度「建築基本法制定準備会」正会員としての入会が認められたので、今後はこれらの理念に沿って活動したい。

『「美食地質学」入門・和食と日本列島の素敵な関係』巽好幸著

「美食地質学」聞きなれない言葉だなと思いながら本屋さんで眺め面白そうと思い購入。

 著者は「マグマ学者」と自称するが、つまり地球の進化や火山・地震のメカニズムの研究者。日本各地の食文化と地形・地質との深い関わりに注目して本書を著したとある。

 酒や食べる事が好きな学者さんというイメージだが、食文化に対する造詣は、蘊蓄(うんちく)等というものではなく。その知識の深さに圧倒される。

 具体的には 出汁、豆腐、醤油、蕎麦、江戸東京野菜など多彩な食材を取り上げて食文化について書いている。

 和食の特徴を支えている「出汁(だし)」は、出汁そのものは濃厚ではないが、他の食材の魅力を究極までに引き出す。その出汁の奥深さは昆布と鰹の旨味の相乗効果によるものだと言われているが、ここで重要なのは「水の硬度」なのだという。

 日本列島の水は圧倒的に「軟水」で、これが昆布の旨味成分であるグルタミン酸を効果的に抽出することができるのだという。京都の地下水は「軟水」で、これが京都で和食文化が花開いた一要因なのかもしれない。

 一方、フランス料理のブイヨン・フォンの主役は、獣肉や鶏肉に含まれる旨味成分で、主にイノシン酸。それにはカルシウムを多く含んだ硬水を使った方が、より清浄なブイヨンがとれる。ドイツ、フランス、イタリア等のヨーロッパの水は「硬水」。

 このように「水の硬度」と「食文化」との関わりに目が開かれた思いだ。

 又、日本酒と水との関係も興味深かった。

 2023年の年の暮れに神田淡路町(旧連雀町)あんこう鍋「いせ源」に行ったが、主力の日本酒は「灘の五郷」の「菊正宗」で、それも熱燗だった。この旧連雀町界隈では、菊正宗の看板がよく目に入る。辛口で力強い「灘の本醸造酒」は「男酒」とも称されるが、居酒屋が登場するまで蕎麦屋は庶民の酒場だったそうで、そこでこだわり続けているのが「男酒」らしい。そういえば淡路町(旧連雀町)の蕎麦屋「まつや本店」でも、昼間っから酒を飲んでいる人が多かった。

 「灘五郷」の日本酒というと、「沢の鶴」「白鶴」「剣菱」「福寿」「松竹梅」「日本盛」「白鷹」「白鹿」と全国に知られた酒蔵が目白押しで、この灘の男酒を支えているのが「宮水」(西宮の水の略)。

 花崗岩からなる六甲山系の伏流水が湧き出るこの水は、国内で最も鉄分が少なく、最高の酒蔵好適水で、中硬水に分類されるとのことだ。
 「日本酒を育む花崗岩の成因」というように、著者の専門分野に繋がっていくのだが、専門的で頭に入りづらいところもある。

 瀬戸内海地方の記述で、好天乾燥の気候がうどんの材料である小麦と塩と製造に最適なことや、瀬戸内海の潮流の速さと海峡の間にある灘の存在に明石鯛を始めとした魚介のおいしさの秘密があるなどの箇所も興味深い。

 他にも山梨のワイン、富山のホタルイカ、宍道湖のしじみなどを、土壌の性質、軟水と硬水、発酵と麹菌、旨味の成分と絡めて説いている。

 地震や地球の成り立ち、地形の解説は結構専門的で難解だが、食べ物がおいしい理由と一緒に説明されると比較的理解しやすい。山地と盆地、灘と瀬戸のように隆起域と沈降域が繰り返して分布する境界には断層があるため直下型地震のリスクが高いというのも理解できる。

 日本人は豊かな食材の恩恵を受ける代わりに地震という厳しい試練もあるが、縄文の時代から営々と築きあげられてきた日本の歴史と文化には尊敬の念しかない。

 八百万の神々に感謝する。

「鎌倉の名建築をめぐる旅」内田青蔵+中島京子著

 本屋で見つけて「しばらく鎌倉行っていないなぁ~」と思いながら立ち読みしたので本屋さんに悪いなと思い買ってしまった。

 鎌倉は車も混むし、何しろ人が多くて疲れてしまうので、近くに用事も無いので敬遠している。

 この本を見ると、公開しているが見ていない歴史的な建築物が幾つかある。

 ドイツ式の洋館で現在は「石窯ガーデンテラス」というレストランは、ユーゲントシュティール風の装飾に彩られており、機会があれば見てみたい。

 「吉屋信子記念館」も見てみたいと思った。吉田五十八先生の設計で一般公開日がある。

 何しろ小説家の吉屋信子氏は、1936年(昭和13年)に東京に建てた住宅。戦災で焼けた後の住宅。晩年の鎌倉の住宅(吉屋信子記念館)の3回とも、吉田五十八先生に設計を依頼している。よほど相性が良かったのか、吉田五十八先生のモダン数寄屋に惚れ込んだのか。

 若い時には見る事がかなわなかった数寄屋建築を見ておきたいと、昨年は堀口捨巳先生の「八勝館」を見学することができた。丁度 並行して吉田五十八先生に関する本を読んでいたので「吉屋信子記念館」も見学候補にあげておこう。

 そしてもう一人、村野藤吾先生の数寄屋建築は、中々予約のタイミングが合わないのだが、そのうち見に行くことになりそうだ。

 ともかく、今度鎌倉に行く機会があったら、この本をガイドに幾つかの歴史的建築物を訪れてみようと思う。

「建築転生から都市更新へ・海外諸都市における既存建築物の利活用戦略」角野・木下・三田村・讃岐・小林編著

 この本は、2019年6月から2021年8月まで日本建築センターの機関紙「ビルディングレター」で連載されていた「海外諸都市における既存建築物の利活用による都市更新の広がり」の原稿を元に編集され2022年6月に出版された。

 建築単体だけでなく都市的視点と重ねて見る事で、都市の更新技術としてのコンバージョン建築のあり方を論じている。

 世界の諸都市は、その成り立ちそのものに様々な背景を持っている。それがどのような更新を遂げているのかを西欧、東欧、北欧、北米、オセアニア、アジアという広大な地域を取り上げており知見は豊富で有意義だ。

 私も2023年より「まちづくり」の中の大規模な既存建築物活用プロジェクトに関わり、自ずと都市的視点の必要性を感じた。プロジェクトに合せて読み返していたのが「人間の街・公共建築のデザイン」ヤン・ゲール著や「ソフトシテイ」ディビッド・シム著だった。

 そのプロジェクトに於いては、その地域のランドマークとなるような建物は、新築建替え(着工済)であるが、その地域がこれから変化する方向性を指し示めすメッセージ性を持っている。と他の設計者の担当だが、私はそう感じている。

 私が関与しているのは、そのランドマーク的な建物の街区に連続する2棟の既存建築物のリノベーションだが、街区は異なるが連続性を強く意識した。

 建築コンバージョン・リノベーションの価値は

  • 1、実用的価値 : 使われていない建物を有効に使う。新築よりも工事期間が短い。投資金額が少ない等
  • 2、文化的価値 : 建物の歴史や都市の記憶の一部を残すことができる価値
  • 3、美学的価値 : 新築ではできないコンバージョン・リノベーションならではの空間や外観が出来るという価値

があると言われている。

 民間の商業的なプロジェクトでは、実用性が最も重視される。投資対効果、事業収支の実質利回り、既存建築物の多角的視点による潜在能力(ポテンシャル)の確認等である。

 私は、学者でもなく、評論家でもなく、単なるデザイナーでもない。実践者の一人なので「実用性」を最も重視していている。

 この本には、登場する建物の建築名リストと所在地がリンクされている。地図を見ていると その建物の都市の中の配置、景観的位置づけ等を読み取ることができ、ペーパーとデジタルの連携的な本の作り方は参考になった。

八田利也

 「八田利也」というのは私の恩師である建築史家・伊藤ていじ と建築家・磯崎新、都市計画家・川上秀光が架空の人物を装って使用していたペンネームです。

 『現代建築愚作論』(八田利也、彰国社、1961年)は、学生時代に大学の図書館で読みふけった記憶がありますが、自分では所有してなかった本です。2011年に復刻されたのでようやく蔵書にしましたが、しばらく書棚に並んだままだったものを最近読み直しました。

「建築家諸君! せっせと愚作をつくりたまえ。愚作こそ傑作の裏返しであり、あるいは傑作へのもっとも確かな道である。愚作を意識してこそ建築家は主体性を確保し、現代の悪条件に抵抗する賢明な手段となる」

 この本に掲載された「近代愚作論」のなかの一節で、「近代愚作論」は当時の建築家へのエールとして書かれたものですが、現代でも生きている「檄(げき)」だと思います。

 八田は歴史的に傑作とされる姫路城や法隆寺、また数々の近代建築家の名作を引き合いに出しつつ実はそれらの建築には致命的な欠陥が含まれていること、しかしだからこそ傑作になり得たと指摘しています。そして建築家に向けて、失敗を恐れず愚作をつくり続けることが、傑作への道なのだと説いています。

 創意に満ちた挑戦がその時代においては愚作となる建築を生み出してしまったものの、後世から振り返ると傑作と呼べるものになり得ているのだと。

 しかし現代では こうした高邁な思想に基づく「八田利也」ではなく、失敗を恐れるばかりの者や自信過剰の「ハツタリヤ」も散見されます。

 設計者と建築主の訴訟に登場するのは、正真正銘の「ハツタリヤ」設計者です。学校教育の影響でしょうか、自信過剰の「表現建築家」が多いのは哀しい事です。

「ディテール 2024.1 季刊⁻冬季号 №239」

ディテールの№239は、「緑化と防水・水仕舞」の特集

 2023年のプロジェクトで壁面緑化と屋上緑化についての事例をリサーチしていた。プロジェクトにおけるリサーチは、主として設計をサポートしてもらう人達にお願いしている。その中で特に気になる事例については、実際現物を見に行ってもらい写真を撮影してきてもらっているので、事例は多く集まっている。

 ということで「植物とつながる建築」というのは、自分の中でもテーマだったので、興味深く読んだ。

 川島範久さんの淺沼組名古屋支店改修PJは、2023年に名古屋に出張した際、見てきた。実際見た建物のディテールは貴重だ。

 以前見たアクロス福岡のような建築自身が森のような地形になると圧倒される。

 特集とは別に坂茂建築設計の下瀬美術館(広島県大竹市)のディテールも紹介されている。機会があれば見に行きたいと思っていたので予習になった。

 こちらは、雑誌で見て現代美術のミニマル・アートの影響が色濃いのかと第一印象で持っていたのだが、その印象は払拭された。

 水面に浮かぶ可動展示場の色彩が、ドナルド・ジャッドの作品を彷彿させたからだが、そんな単純なミニマル・アートな作品ではなく自然環境と応答しあっている。

【ドナルド・ジャッドの作品】

【ドナルド・ジャッドのファーレタチカワの作品】

「工場・倉庫建設は契約までが9割」森本尚孝著

 この本「工場・倉庫建設は契約までが9割・完璧な事前準備と最適なパートナー選びでつくる理想の工場・倉庫」は、建設会社の現役社長が書いた本です。

 著者は、三和建設株式会社・代表取締役社長 森本尚孝氏で、本社・本店を大阪に置いているが、東京本店もあるようだ。

 「工場・倉庫」と言っても、三和建設(株)は、食品工場(HACCP対応)、危険物取扱工場、自動化倉庫のような分野での実績と技術的知見が集約されている会社のように思える。

 興味深く読んだのは、第3章の「工場・倉庫建設に最適な建設スキーム」。「設計と施工は、分離方式より一貫方式のほうがいい」と7つのメリットを強調するが、それは三和建設さんが得意とする分野での自社の話ではないかと感じた。私の知る限りは、中小建設会社では、設計・積算・施工に経験豊富な人員が揃っている会社は多くないのではないかと思う。

 又、建設スキームは 建物の用途、規模等にもより、一概にどれが良いと言えない。

 昨今の建築資材等の供給状況、例えばエレベーターは工事1年前に発注とか、キューピクルは半年以上とか、電線ケーブルの供給停止とか聞くと、相当な工事準備期間が必要になっている。

 そういう現状を踏まえて、弊社では改修工事の場合にはECI方式(アーリー・コントラクター・インボルフメント)を採用し、設計段階から施工会社を巻き込み、コスト管理や工期等で技術提案をしてもらっている。

 第5章の設計施工一貫方式だからこそできた成功事例は興味深かった。「事例1」の温度管理倉庫は、冷凍・冷蔵庫の経験がないと提案は簡単ではない。通常、建設会社は躯体だけで、内部の冷蔵・冷凍庫は分離発注で断熱パネルや設備工事は、専門業者が行う事が多いので、建設会社にノウハウは集約されづらい。

 随分と昔に冷凍冷蔵庫や食品工場を設計監理したことがあるが、断熱パネルと躯体の間に発生する結露。空隙スペースの換気。食品工場の床や排水溝の仕様。食品をボイルする部屋の給気と換気等。難しい課題は沢山あった。 

 第6章の「工場・倉庫の改修もパートナー選びが9割」の部分は、特に興味深く読み、同意見のところも多かった。

 昨今は工場の改修工事やローリング計画において、法的課題の整理の為にプロジェクトに参加することが多いのだが、既存工場ほど法適合していないものはないのではないだろうか。工場は外部から隔離され内部の変化はわかりづらい事、専門知識や遵法意識に乏しい業者が工事に関わる事も多い。確信犯もいるが無意識のうちに違法建築に陥る事が多い。敷地内に多くの建屋がある工場や長い年月操業している工場は、違法建築の宝の山となっているところもある。

 こうした状態を整理するための調査と検証をし、必要な提案や場合によっては建築基準法適合状況調査を行ったうえで建築確認申請をするのが弊社の仕事。

 この本の中でも書かれているが、「大手建設会社は、改修工事を積極的にやりたがらない傾向がある」は、それはゼネコンは、完成工事高至上主義のところがあり、工事額10億以上は振り向いてもくれないときがある。

 改修工事は「現場判断」が特に必要であり、施工要員(現場監督)の人員を配置するのは、ゼネコン側に限界がある事。経験豊かな施工要員が少なくなっている事。派遣の現場監督には決定権が限られている為に改修工事には配置しずらい事情もある。

 また大手企業は多岐にわたる部署を持ち、担当が細分化しているために改修工事のようなゼネラルな知識と経験が必要となる担当者(設計者も施工要員も)が育ちづらい。これはゼネコンに限らず、大手「組織設計事務所」にもあてはまることである。

 この三和建設(株)の企業理念は「つくるひとをつくる」とあり、「SANWAアカデミー」という企業内教育を行っていることに共感を覚えた。

三和建設株式会社オフィシャルWEBサイト – (sgc-web.co.jp)

サイトには、次のように書かれている。

「社員一人ひとりの成長を経営上の最重点事項として位置付けています。下の図に、当社の人財育成による成長過程を示しました。図の縦軸は「専門技術力」を表します。「Ability」=「一人でできる能力」です。言い換えるならば、「Specialistとしての能力」であり、「専門知識」・「専門技能」などが該当します。施工図が描ける、工程表が描ける、建築の納まりを知っている、などの能力が当てはまります。
これに対して横軸は「統合力」を表します。「Competence」=「他者と一緒になって、あるいは周りの力を借りて事を成す能力」です。「Integratorとしての能力」であり、「マネジメント力」・「リーダーシップ」・「人間力」が含まれます。具体的には、部下や業者を使って施工図を描かせることができる、協力会社に工程を守らせることができる、社内外の専門家の力を借りることができる、などの能力が例として挙げられます。縦の力、横の力ともに当社のメンバーには欠かせない能力であると言えます。」

 一度 会って話を聞いてみたいと思った。

「長崎遊学11・五島列島の全教会とグルメ旅」長崎文献社編

 今度九州で仕事があった時に、脚を延ばしてみたいところに五島列島がある。

 実は、今年九州でのプロジェクトがひとつあったのだが、諸般の事象で中止となった。九州は設備投資が盛んのようだから、又機会はあるだろう。

 この「長崎遊学11」は、五島列島を訪れるときのガイドブックにしようと購入していたもの。夜な夜な、こうしたガイドブックを眺めているのが、至福のひと時。

 この本は、カトリック長崎大司教区・下口勲神父が監修して長崎文献社編集したと書かれている。 

 その内容は、世界遺産候補を含む全51教会を網羅。拝観記録スタンプ帳が付録でついてる。五島ゆかりの有名50人の履歴書付。旅ガイドは宿、温泉、グルメ、おみやげまで掲載されており、これ1冊で五島を旅できそうな本。

 その昔、江戸時代に「長崎遊学」という言葉があった。

 江戸時代、徳川幕府は鎖国政策をしたが、例外として、オランダと中国に対し、日本で貿易することを許し、貿易の窓口を長崎に限定したので、海外の文化や学問は長崎を通して日本全国へ伝えられた。

 また、キリスト教以外の書籍の輸入も認められていた。しかし、書籍の知識に満足せず、蘭学や医学、科学、美術などの技術や知識を習得するため、長崎へ游学する者は跡を絶たなかった。

 幕末期の長崎には、後に近代日本を背負って立つこととなる人たちが大勢游学している。彼らが日本の近代化を後押ししていった。長崎は、彼らにとって、新しい情報にあふれた刺激的なまちだったのだろうと想像できる。

 今の長崎が、遊学の地に相応しい所かどうかはわからないが。

「游学」という言葉には、ふるさとを離れ、他の土地や外国で勉強するという意味がある。爺になってもなお「遊学」の志は治まらない。

『「しあわせな空間」をつくろう。-乃村工藝社の一所懸命な人たち』能勢剛著

 人々の「しあわせ」を呼び起こす空間とは、本当にできるのだろうか。

「働く、遊ぶ、食べる、買う、学ぶ、旅する、泊まる、観る、集まる。暮らしのあらゆるシーンにある「しあわせ」な空間。このうえなく、しあわせな体験ができる空間は、いかにして生まれたのか。」と本書は書く。

 この本は、乃村工藝社を取材対象に、そうした空間を訪れ、関係者へのインタビューを重ねて空間を解き明かそうとしている。

 どんな背景、どんな問題意識から発想されたのか。つくり手である乃村工藝社の担当者達は、その発想をどう受け止め、どんなアイデアと工夫とで、具体的なカタチにしていったのか。その経緯は良くわかる本。

 空間価値と、それを創造する仕事の進め方を、関係者の話を聞きながら、詳細かつ具体的なストーリーとして元日経トレンディ編集長の能勢剛さんが追いかけている。

 実際に見ていない建物も幾つかある。例えば、福井県の若狭にある福井県年縞博物館は、行ってみたいと思ったが、建築的魅力というより7万年前の時空を感じてみたいと思ったから。

 京都清水の「ザ・ホテル青龍」は、昭和8年に作られた清水小学校というヘリテージ建築をホテルにリノベーションしたもので、元の小学校は、映画のロケにも使われた有名な建物だけど、「地域の思い出をつなぐ」建築となっているのだろうか。

 「しあわせな空間」とは、そもそも何か。自分への問いかけが残った。