「Farm to Table シェフが愛する百姓・浅野悦男の365日」浅野悦男・成見智子著

 食に関する世界で聞かれるようになった「Farm to Table」(農場から食卓へ)という言葉は、生産者と消費者が物理的に、また概念として近い距離にあり、環境にも配慮したサスティナブルな食材を地産池消するというような意味で使われている。

 「料理人が生産者と直接つながり、食材をより広く深く知る機会を得て料理の幅が広がっていく。浅野さんは、その基盤を作った立役者」と浅野さんの旧知のシェフたちは、口をそろえる。と書かれている。

 ファームトゥテーブル(Farm to table)は、2010年代のアメリカ西海岸から広まった食に対する考え方のひとつとされている。一般的には、飲食店など食事を提供する側が、地元の食材、とくに天然ものやオーガニックを使用することが多い。

 この本の第1部「春夏秋冬 浅野悦男の農と食」の、野菜に関する記述は、とりわけ面白い。

 「白い根っこだけが大根だと思うなら、そこで終わり。だけど毎日つぶさに観察していれば、そうじゃないことに気付く人は気づくはすだ。どの状態のものを、どんなふうに使ったら面白いか。おいしいか。レストランの「皿の上」をイメージすることで、可能性はどんどん広がる。1+1が2で終わらず、3にも5にもなるんだ。」(春-萌芽のとき)

 「食というのは、官能の世界だ。食材、料理、そしてそれを楽しむ料理には、エロティシズムがなければね。食べるということは、五感を使って自分以外の他者を体内に受け入れることなんだから」

 建築のリノベーションの世界では、オランダ・アムステルダムのオランダ語で温室を意味する「De Kas(ダ・カッス)」が有名だ。緑豊かなアムステルダム郊外の野菜畑の中に建つ、有機栽培食材を使用した料理が自慢のレストラン(M★)だ。

 1920年代に実際に使われていたガラス温室の内部を、そっくりそのまま厨房やダイニングルームに改造したユニークさが売りで、周辺の広大な畑で収獲された無農薬野菜やハーブを使用し、丹精こめて作られたフュージョン料理の数々は独創性にあふれる。

最近、料理や食に関する本を多く読むようになって、料理人は建築家と似ていると思う事が多い。

「料理人は、常に新たなものを創造し、新しい価値を生み出すことを求められる。外からの刺激が少ないとインスピレーションが鈍ってしまう」「原動力は他人の評価ではない。自分の好奇心だ。」

 出張等で全国各地を出かけると、地場産の農畜産物や海産物、酒、調味料などにこだわつた飲食店が各地に沢山出来ていて楽しい。そうした店に探して出会った時は喜びにあふれる。食材だけでなく、器、カトラリー、内装、家具、花、メニューの紙にいたるま地場産業ものにこだわっているところもある。食べ物はどんな観光スポットよりも その土地を物語っている。

 居酒屋であれ、旅館であれ、オーベルジュであれ、レストランであれ「地域の語り手」が増えていると感じるとき、この国も捨てたものんじゃないぞと思う。

 日本は いつのまにか畑と食卓が遠い国になってしまっている。建築の世界も、そんな気がしてならない。