建築トラブルを避けるための本 -3

「Q&A 建築訴訟の実務-改正債券法対応の最新プラクティス-」編集代表・岸日出夫、編集・古谷恭一郎、比嘉一美。新日本法規刊

この本は、ちょつとマニアチックな本。というのも元・現判事さん達が執筆した建築訴訟の実務書だから。しかも2020年3月初版の新しい本。

東京地裁と大阪地裁の建築事件集中部において蓄積された事件処理のノウハウを提供して建築関係の訴訟と調停の審理モデルを提言している。プラクティスというのは「手法」とでも訳したらよいのかな。

訴訟を提起する側の本ではなく、審理する側の本なのだが、これが結構役立つというか、面白い本。

2001年(平成13年)に東京地裁と大阪地裁の調停部が従来の建築調停事件のほか建築訴訟事件も取り扱うことになり建築事件集中部が発足した。専門的知見や独特のノウハウを要する建築訴訟は、知財訴訟や医療訴訟と並んで、訴訟追行と審理・判断に多大な手間暇がかかり審理期間が長くなりがちな訴訟類型と言われている。

東京・大阪という大きな地裁に建築専門部が出来たと言う事は、それだけ社会的に建築関係の訴訟が増えたことが背景のひとつだと思う。それから彼此20年間に蓄積されたノウハウが公開されている。

医療訴訟等の専門訴訟では 弁護士と医師・薬剤師・看護師等がチームを作って弁護団を形成していたが、建築関係訴訟も弁護士と建築実務者とのチーで対応することが増えつつあるように思える。まあ、どんな勝てるチームをつくれるかが、これからの課題でもある。専門訴訟は、弁護士なら誰でも良いわけでなく、それなりに経験も必要。依頼者が相談する弁護士を選択する目が大事だと思うのだが。

建築トラブルを避けるための本 -2

「新・建築家の法律学入門」大森文彦著、大成出版社刊

これは2012年11月初版の本で、著者は中央建設工事紛争審査会委員等数々の要職を務めておられる他、「四会連合協定建築設計・監理等業務委託契約約款の解説」の本も書かれている弁護士・一級建築士の大森文彦氏。

建築設計業務・工事監理業務の法的解析等、判例ケースが多く実務上でも大いに役立つ。

初心者向けとは言えないが、四会契約約款に関わった大森文彦弁護士の本なので、建築実務者が法律問題を深く理解できるように配慮されている。

さらに紛争解決システム、工事請負契約の概要、責任施工の法的解析の章もあり盛沢山の内容になっています。

日常的に頼りにしている本です。

建築トラブルを避けるための本 -1

建築実務者の人に是非読んでもらいたい一冊が「判例で学ぶ・建築トラブル完全対策」日経アーキテクチュア編・2017年4月初版

建築実務者にとって建築トラブルを避ける上で参考になる判例が提示されている。事件の概要と主な争点、裁判所の判断とそこから得られる教訓を弁護士が解説しており、色々な事件を網羅していて、しかもわかりやすいと文章だと思う。

日経アーキテクチュアに取り上げられて掲載された記事をまとめた本なので、社会的に話題になったトラブルが中心。

この中で紹介されている東日本大震災で東京町田市のショッピングセンターのスロープが崩壊し死傷者が出た刑事事件。2016年2月に東京地方裁判所立川支部で構造設計者に禁固8カ月、執行猶予2年の1審で有罪判決。2審で逆転無罪判決。

この事故で生じた損害を巡る民事訴訟の1審判決は、スロープ崩落原因は「設計3社の過失」として約7億円の賠償命令を下した。が係争はまだまだ長引きそうだ。

 民事訴訟の原告は店舗所有者の米コストコの日本法人と保険契約を締結していた欧米の保険会社2社で、請求総額は約12億5000万円に上った。

 被告側は、設計を統括し確認申請などを実施した意匠設計事務所、構造設計の再委託を受けた構造設計事務所A、そしてコストコ側から特命を受けて構造の変更設計を手掛けた構造設計事務所B、施工を元請けした大手建設会社だ。

尚、日経アーキテクチュア最新号 2020年11月12日号でも「特集 法令違反の代償」として特集を組んでいる。

【内容】
・法令違反の代償 それでも不正に手を染めますか?
・確認済み証偽造で損害2億円超 開き直る 「設計者」 に怒り心頭
・本誌が報じた建築界の不祥事 免震偽装に施工不備、噴出するコンプラ問題
・ベルヴィ香椎六番館 JR九州などが杭未達で謝罪 全戸買い取りなら約16億円
・パークシティLaLa横浜 建て替え関連費用509億円 施工者が責任の押し付け合い
・レオパレス21 118億円の債務超過に転落 「前言撤回」 連発で信用失墜
・不正の温床 「企業風土」 の変革を デジタル技術の活用も


現実のトラブルはドロドロしていて、しかも地味なので本には書けない事も多い。


週刊文春・WOMAN

妻(パートナー)から「この本面白いよ」と言われ読んでみたら、とても刺激的な内容で面白かった。若い女性の裸写真満載の近頃の週刊誌の類は買うことはないし、たまに手に取っても一部の記事を読む程度だったが、この週刊文春・WOMANは読みどころ満載だった。

ひとつは、台湾のデジタル担当大臣 オードリー・タン氏と音楽家の岡村靖幸氏との対談「幸福への道」。パートナーもこの記事を読みたくて買ったらしいが、オードリー・タン氏 性別は「無」。ジェンダーは男女だけではなく「両方」も存在しないと言う。さらに台湾はトランスカルチャーの国だと言う。日本も古代は、多種多様な文化を取り入れて受容するトランスカルチャーの国だったと思うが、現代では価値感が一元的になってる傾向が強く、日本にいると息苦しい。35歳のデジタル大臣を抜擢した台湾という国に、以前より増して関心を持った。

二つ目は、脳科学者の中野信子氏とエッセイストの内田也哉子氏との家族について考える対談。中野氏の「本当の自分なんてない」「私達はいろいろなペルソナ(人格)をバラバラに持っていて、そのバラバラな自分がモザイクのように融合して一つの形になっている。」「そのペルソナは学習して獲得している」この対談も刺激的だった。

三つ目は、作詞家の松本隆氏の「ずっと韓流ドラマが好きだった」。実は私も韓国映画、ドラマは若い時から大ファンで、特にイ・チャンドン監督の「オアシス」「ペパーミント・キャンディー」という名作を観てさらに好きになった。他の監督作品を観ても秀作が多く流石「演芸の国、演芸の民俗」だと感心していた。最近は「愛の不時着」「梨秦院クラス」で第三次韓流ブーム到来とも言われているが、とにかく監督・脚本家・俳優のレベルが高いし、層が厚い。

四つ目は、檀ふみ氏と高樹のぶ子氏との対談「今こそ伊勢物語を読むべき理由」。高樹のぶ子氏の「小説伊勢物語 業平」は現在も並行読みしている本。寝ながら読むにしては分厚く重たい本なので中々進まないが、著者の裏話がとても面白い。

五つ目は、プロデューサーの五箇きみたか氏とマンガ家の田中かつき氏とタレントの原田たいぞう氏の「コロナ時代もサウナでととのう」のサウナ談義。「ととのう」は「整う」「調う」、そして仏教用語の「斉う」で、これは薪を三つあわせて燃やす形から来ているとの事。ブッダも淋浴後、木の根元に座って悟りを得たとある。悟りを開くためにサウナに行かねばならぬ。

とにかく読みどころ満載。週刊文春・WOMAN  あっぱれ。

「小さな企業が生き残る」金谷勉著

以前、テレビ番組で知った町工場再生のパートナーである金谷勉さんの「小さな企業が生き残る」を、いろんな本と並行的に読んでいた。

「小さな会社でも”強み”は必ずある!!」というメッセージは、時々くじけそうになる心に勇気を与えてくれる。

今夏、弊社としては大きなプロジェクトのプロポーザルを逃し少し気落ちした。爺婆の小さな小舟で鯨を採りに行き手ぶらで帰ってきた焦燥感のようなものに一時期苛まれた。まあ結果として収穫もあったのだが・・・。

そういった反省もあり「爺婆でしかできない事」をしようと思った。その時、この本を思い出して読み、この本に書かれている処方箋を基に「自己分析」をすることができた。結果として「ソーシャルワーカー」になる「社会の為に働く」ということが、残された時間のテーマになりそうだ。

金谷さんが主宰するセメントプロデュースデザインのサイト「コトモノミチ」での紹介記事を転載しておく。

『弊社セメントプロデュースデザインは、広告やweb の制作を行うデザイン会社とし活動する中、各地域における町工場や職人との出会いの中で、小さな企業が直面する危機を見てきました。
その危機を脱するために自社の強みを生かしながら新たな商品作りの可能性を行い、アイデアとデザインと販売をサポートしながら、その企業の業績を上げ続けています。
「日本のモノづくりの課題を、互いに解決し合える方法はないだろうか」を常に考え、下請けの小さな町工場や職人でも、生き残る「手」を提案し続けています。
この本は、「生き残るための12の手」という実例 をテーマに、具体的な解決方法を踏まえ、「小さな企業が生き残る」術 をまとめています。日本の企業の約9割と言われる中小企業のための書籍です。』

「歴史人口学事始め・記録と記憶の90年」速水融著

著者の速水融先生は、2019年暮れに90歳で亡くなれたが、日本において歴史人口学を開拓し、宗門改帳を使った人口動態調査という数量資料を取り入れ、統計手法を通じて歴史的研究を行った先駆者です。この本は速水先生の自叙伝で、幼少期からの体験に始まり、戦中、戦後と、どのような時代背景の下で、どのようにして自己が形成されたのかが克明に記されている。最近は、この速水先生の本をまとめて読んでいたので、この本は先生の最後のメッセージとして受け止めた。

さて、歴史の事柄をあまり書いても、このサイトの読者には、あまり関心がないと思うので、「本の中の建築」について記しておく。「映画の中の建築」と別のカテゴリーが出来てしまった。

【現在の港区立高輪台小学校】

速水先生は、1929年(昭和4年)に東京で生まれ、1936年(昭和11年)芝区高輪台尋常小学校に入学された。この年、2.26事件が起こり時代はきな臭くなっていく。

この芝区高輪台尋常小学校は、現在の港区立高輪台小学校であり現存している。

校舎は、昭和10年に建てられた関東大震災の復興小学校で、いざというときの防災拠点として計画されたもののひとつ。東京都選定歴史的建造物に選定されている。築85年、都内で残り少なくなった戦前の建物のひとつです。

鉄筋コンクリート造一部鉄骨造、地下1階地上3階、延べ床面積6688.58㎡、屋内体育館、25mの屋外プールという新式の設備を持つ学校で、完成当時は東洋一の小学校と言われたそうです。当時周囲には高層ビルがなく、白亜の校舎はひときわ目立ち、校舎からは東京湾を間近に臨むことができたとか。

2005年(平成17年)に大規模改修工事が行われて、現在屋外プールの部分に校舎が増築工事中である。

【グーグルより】

1960年(昭和35年)前後には、児童数3000人以上が在籍した超過密校だったのが、増築が計画された2016年(平成28年)には525人、学級数16室。今後の見通しとして児童数が増加するとのことで普通教室4室を既存部分に確保し、増築部分には特別教室を整備すると港区の資料に書かれています。

この本の中で、1938年(昭和13年)10月に、ヒットラー・ユーゲント(1926年に設けられたナチス党内の青少年組織に端を発した学校外の放課後における地域の党青少年教化組織)数十人が高輪台小学校を訪れ、スマートな行進を見せ、素直に感心したと書かれています。作詞・北原白秋、作曲・高階哲夫「万歳ヒットラー・ユーゲント」を全員で歌って迎えたと。

一、 燦たり輝く ハーケン・クロイツ ようこそ遥々西なる盟友 いざ今見えん朝日に迎へて 我等ぞ東亜の青年日本 万歳ヒットラー・ユーゲント 万歳ナチス

二、 聴けわが歓呼を ハーケン・クロイツ 響けよその旗 この風この夏 防共ひとたび 君我誓はば 正大為すあり 世紀の進展 万歳ヒットラー・ユーゲント 万歳ナチス

三、 感謝す朗らに ハーケン・クロイツ 交驩かくあり 固有の伝統 相呼び應へて 文化に盡さん 我等が選士も 幸あれその旅 万歳ヒットラー・ユーゲント  万歳ナチス

四、 燦たり輝く ハーケン・クロイツ 勤労報国 またわが精神 いざ今究めよ  大和の山河を 卿等ぞ栄ある ゲルマン民族 万歳ヒットラー・ユーゲント 万歳ナチス

今思えば、すごい時代を生きてこられたのだなと思います。

「できそこないの男たち」福岡伸一著

この6月、段ボールにしまっていた本を全て出し、壁面いっぱいに並べた。

パートナーとは専門が違うので、それぞれの専門書は互いの部屋におき、それ以外の本はリビングの壁面に並べた書棚に展開された。大きくなってきた孫達が、本好きに育ってもらいたい、少しでも本に関心を持ってもらいたいと思ったから。

これまで随分と本を買い、処分し、概ね50年間に取捨選択され残った本。

 その中で私の目に留まった一冊の本が「できそこないの男たち」である。パートナーの本であり、今まで存在も知らなかった。

何しろ書名が刺激的だ。

 私の生物学の知識は、中高生レベルである。しかも分子生物学については、基礎的知識もない分野である。ゆえに読み終えるのに随分と時間が経つた。

 教科書は、事後的に知識や知見を整理し、そこに定義や意味を付与しているので、読み終わっても何の感慨も、興味も湧いてこない。福岡さんの本は、何故、其の時、そのような知識が求められたのかという切実さが科学史という時間軸の中で活き活きと記述されている。顕微鏡で精子を見たアントニー・ファン・レーウェンフック。Y染色体を発見したネッティー・マリア・スティーブンズ。性決定遺伝子をめぐるデイビド・ペイジ (David C. Page) とピーター・N・グッドフェロー (Peter Goodfellow) の研究の競争が記される。

 メスは太くて強い縦糸であり、オスはそのメスの系譜を時々橋渡しし、細い横糸を役割を果たす「使い走り」に過ぎない。男性は生命の基本仕様である女性を作り変えたものだから、ところどころに急場しのぎの不細工な仕上がり具合になっているところがある。胎児は、受精後7週目にあるスイッチがオンになり変態がはじまる(SRY遺伝子スイッチ)

 生命誕生から10億年経過した頃、大気に酸素が徐々に増え、気候と気温の変化がよりダイナミックになり、新しい形質を生み出すことができない種は全滅の危機にさらされた。メスたちはこのとき初めてオスを必要とすることになった。ママの遺伝子を他の誰かの娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在全ての男が行っていることはこういうことなのである。アダムがイヴを作ったのではない、イヴがアダムを作り出したのである。自分たちのために。

 統計的に男より女のほうが長く生きる。いつの時代のどんな地域でも、あらゆる年齢層で常に男のほうが短命である。男を男たらしめるテストステロンは、全年齢において放出され続け、免疫系を傷つけ続ける。Y染色体という貧乏くじを引いたばかりに、生物の基本仕様である女の路線から外れ、使い走りにされた男たちはこのプロセスで負荷がかかり、男性の生物学的仕様に不整合を生じされられた。

 Y染色体からみて、日本人は単一民族ではない。出アフリカを果たした「C、D、F」系という三つのY染色体の系統が流れ流れて様々に分岐したあと、もう一度落ち合った特別な場所が日本列島である。日本列島は「人種のるつぼ」なのだ。

 社会経済構成体の運営をイブ達に返す時代が来たのかもしれない。少なくてもフィフティーフィフティーに。

目から鱗の本だった。

道の駅

地方に出かける機会があると、道の駅に立ち寄り新鮮な野菜を買ってくる事が多いが、道の駅も昔と違い 随分変化したなと思っていた。その変化の道程を知りたいなと思い「道の駅/地域産業振興と交流の拠点」関満博・酒本宏著、新評論刊を読み始めていた。

道の駅が、地域の経済・社会にとって、どういう意義を持つのか意識して書かれた本は少なく、今後の進化・変化の方向性を探る上で とても参考になった。

以前の道の駅は、やたらと軒下空間が広く、そこが農産物の直売スペースだった。建築確認申請は、外気に開放されたピロティで床面積非算入。実態は屋内的利用は恒常的で当然床面積に算入されるべきだったが、最近は農産物直売も室内になったものが多い。当然ながら道の駅のデザインも変化してきている。

ちょうど日事連10月号が届いたので見てみると特集が「地域を活気づける道の駅」だつた。最近の道の駅は複合的で大規模化している。それもそのはず 色々な機能が盛り込まれている。

道の駅は、当初は道路利用者のための「休憩機能」、道路利用者と地域の人々のための「情報発信機能」、道の駅を核とした地域の町どおしが連携する「地域の連携機能」の三つの機能が意識されていたが、やがて地域の農産物や加工品の直売といった「地域産業振興の機能」が加わり、さらに現在では「防災機能」も強く意識されている。

「地方創生・観光拠点」も結構だが、地方の人口減少・高齢化への対応といったことも差し迫っている課題だ。

「道の駅・ガイドブック」も手に入れたので、もう少し全国の色々な道の駅を見に行きたいと思っている。

「感染症の日本史」磯田道史著

2020年。人類は新型コロナウイルス感染症の危機に直面している。現在も様々な情報に翻弄されながらも生きている。生きていくうえで 社会生活を維持していくうえで、どのような知恵を働かせるか。見えないもの、滅多にやってこないパンデミックに対応するには、総合的な知性が必要だと著者は語る。「総合的知性」からの発想がいる問題には、長く、幅広く、時間軸で物事を捉える歴史学が最も威力を発揮すると。

興味深かったのは、1858年ペリー艦隊のコレラに感染した乗組員が寄港した長崎でコレラが発生、8月には江戸に感染が拡大し3万人とも26万人とも言われる死者が出た。その後3年にわたって流行した。開国がコレラの感染を拡大したとして攘夷思想が高まる一因となったこと。

また孝明天皇の攘夷の意志は、1862年(文久二年)の麻疹(はしか)流行が大きな影響を与えていること。孝明天皇は観念的なものではなく、感染症を媒介として「異国は日本を害する」という現実に根差した認識を反映しているという指摘は興味深かった。確かに「感染症」という物差しにより日本史を見てみると新しい視点が広がる。

「歴史は単なる過去の記録ではありません。日常生活で生かすことのできる教訓の宝庫です」

主に歴史学・経済学・建築学の本を並行して読んでいるが、歴史の本は一気に読める。今更ながら道を誤ったかなと思う今日この頃。

「科学でツッコむ日本の歴史~だから教科書にのらなかった」平林純

 著者曰く科学の視点で歴史を調べ上げズバッと斬った本。気楽に読めたが、後から考えると深い内容が散りばめられいる。

 日本では歴史は文系、科学は理系で選別され「別物」扱いされがちで、歴史=暗記だと勘違いされている。この科目別教育と若年のときから理系・文系コース分けの弊害は、今の日本に如実に表れているように思う。

 フィンランドは科目別教育を廃止し、領域横断型で現象やイベントを総合的に学ぶ教育システムを導入したと聞いた。見直しが始まつているところがあるのは興味深い。

「科学・・起きる現象には必ず理由があって、それを解き明かすことができる。」と著者が書く通り。全て科学で解明できるかどうかは一旦置いといて。

 最初に豊臣秀吉の「中国大お返し」を取り上げている。織田信長が本能寺で明智光秀に殺されたとき、秀吉は京都から200km以上離れた備中(現在の岡山市北区)にいた。「信長死す!」との知らせを聞いた秀吉は、毛利方と和解し京都に向かい山崎の決戦となる。

 秀吉軍2万人が一週間から10日ぐらいで移動する。これを伝説の「中国大返し」というのですが、よく考えると一日20kmから30kmの移動なので、1日8時間歩くとしても時速3km程度なので、普通に歩く程度。もっとも歴史の本によると備中高松城の陣から姫路までの移動は大変だったらしい。

 この本の著者が注目したのは「食料」。2万人が200km移動するのに必要なエネルギー、食糧を用意した石田三成の実務官僚としての能力の高さ。石田三成は若い時から兵站部門に能力を発揮していたらしい。石田三成再発見という気がした。

他にも考えることがあった。それは労働時間のことだけど、別の機会に書くとしよう。

「少年と犬」馳星周著

 直木賞を受賞した馳星周さんの「少年と犬」。出先の駅の本屋に平積みされていたので買って帰り、一気に読んでしまった。

 それなりに仕事に追われているのに・・・。

 一気読みした本は久しぶり、いつもは途中までしか読まなかったり、数ページずつしか読めない。大概は読んでいるうちに眠くなるから。でもこの本には引き込まれてしまった。読み進めると、ときおり以前飼っていた犬達のことが脳裏に浮かんでくる。ついつい「ありがとう」と呟いていた。

 さてこの本は、東日本大震災で被災し飼い主を亡くした犬・多聞(たもん)の数奇な運命をたどる物語。

 帯にも書かれているように「(犬は)人という愚かな種のために、神が遣わした贈り物」という著者の言葉に、うなずいてしまう。

人は「無償の愛」に包まれた時、しあわせを感じる。

 「犬を愛するすべての人に捧げる感涙作」といのは間違いなし。

「建築バイリンガルノート」堀池秀人著

かれこれ20年ぐらい前に買った本。その頃外資の仕事に関わっていて専門用語の英語表現を確認したくて買ったのだと思う。ところどころの単語に赤線が引いてある。

その頃と比べても グローバル化は進み、個人事務所の我社でも英語が必須な仕事に関わることが増えている。特に今年は多い。

この「建築バイリンガルノート」は、単なる建築系技術英単語辞書でないところが良い。4部構成になっており、「国境なき世界を横断する」というコラム集と3つのカテゴリーで分類した用語集からなる。3つのカテゴリーとは、企画から設計、工事といった実務の流れに沿った「建築のベーシックとしてのヴォキャブラリー」、文化施設や商業系、住宅系といった建物タイプごとの「形式の解体、そして再構築へ」、哲学や物理学、心理学といったイディオムにかかわる言葉を集めた「概念の構築」。実務用語の章では、海外の建築許可証の例や図面の種類について図入りで解説されているのがユニーク。

この本を書いた堀池秀人さんは 5年ほど前に65歳で亡くなられた。まだまだ活躍できたのに惜しい。

外資の仕事も 昔と比べると随分と楽になった。何しろ愛用するポケトークがあるし、幾つもの翻訳ソフトで表現を確認することができる。読み書きは。しかし相変わらず会話は、一向に進歩しない。活舌が悪いせいかポケトークでさえ正確に認識してくれない事がある。

まあ歳をとっても 英語に触れると頭が活性化するように思えるのはありがたい。

「記者失格」柳澤秀夫

NHKの「あさイチ」で一躍有名になり、その後NHKを退局し現在は各種テレビ番組でコメンテーターとして活躍されている柳澤秀夫さんの本。

戦争報道記者、癌との戦い、組織ジャーナリズムの矛盾が赤裸々に語られている。「へぇ そうだったんだ」と今になって知ることが多かった。

「第5章 現実は、ひとことではくくれない」に書かれていた「0か、1かのデジタル思考は、グラデーションを捨象する。だけど、ものごとの本質は、アナログ的なグラデーションのなかにこそあるのではないのだろうか」 に強く同感した。

「キャッチ商法化するメディア」での「人間は、頭で考えるより先に、単純化されたものや扇情的なものに感性で飛びつく。テレビはもともと、見てもらってなんぼのものだ。キャッチすることは必要だと思う。だけど、キャッチすることばかりに長けて、店の暖簾をくぐらせてたあとに食べさせるものがまずいのでは仕方ない。」

「ジャーナリズムの元々の意味は日記であり、記録だ。記録するものは事実でなければならない」「あくまでもファクト、事実を丁寧に積み重ねる。対象に近づかなければ事実はなかなか見えてこない。だからこそ、何があっても現場に行かなければいけない。それが我々の仕事だ。」生涯、記者としてあり続けようとする柳澤さんの思いが伝わってくる。

今、メディアだけでなく日本全体が「キャッチ商法化」している。この本を読んでそう思った。

『あわいの力・「心の時代」の次を生きる』安田登

能の主人公の「シテ」に対して「ワキ」はワキ役ではなく「横(の部部)」を指すそうです。着物の脇の縫い目の部分を「ワキ」と言い、着物の前の部分と後ろの部分を「分ける」からで、古語でいえば「分く」その運用形が「ワキ」。体の横で前と後ろを「分ける」と同時に、前と後ろをつなぐ「媒介」にもなっている。この「媒介」という意味をあらわす古語が「あわい・あはひ(間)」と書かれています。

世阿弥は「心(しん)より心(しん)に伝ふる花」という言葉を残しています。能という芸能を端的に表現した言葉だそうですが、「心(しん)」という言葉の意味を押さえて置く必要があると言います。

日本的な心(しん)というのは三層構造からなっている。いちばん上、表層にあるのが「こころ」で、その下に「こころ」を生む「おもひ」というものがあり、さらにその下、もっとも深い層に「心(しん)」が存在する。

安田登さんは「心(こころ)」だけで物事を理解し考えようとするのではなく、身体という外の世界とつながる「媒介」を通じて身体感覚で思考する。それが「心(こころ)」の副作用が蔓延する現代から次の時代にかけて、生きるために必要な力となっていくと私たちを導いてくれます。

「かんがえる」の語源は「か身交(みか)ふ」で、「か」は接頭辞なので、もともとの意味は「身」が「交ふ」、つまり身体が「交わる」状態を指す。身体が「交わる」ときに、すなわち思考が生まれると古代の人は、この言葉をつくつたのではないかと書かれています。

「かんがえる」のにいちばん適しているのは、自然の中を歩くこと。鳥のさえずりや葉のそよぎ、川のせせらぎの音を聞きながら歩いていると、いつしか「外」の自然と「内」の自己が「交わ」って、自分が普段おもいつかないようなことが引き出される。身体が「か身交(みか)ふ」のは、自然とだけではなく、思考する対象と自分が「か身交(みか)ふ」ことも大事。思考する対象と身体的にも交わる、そのとき思考する対象と身体的に交わる、そのとき思考する対象と自己の境界はあいまいになり、そこに思考が生まれると書かれています。

能楽師ならではの視点なのでしょう。凡人には中々すんなりとは理解できない事が多いのですが、身体感覚に基づいて思考する安田登さんの指摘は示唆的です。

「司馬遷・史記 歩むべき道は歴史に学べ」安田登

能楽師の安田登さんが、開成高校の生徒に司馬遷の中国歴史書「史記」について解説した本。「NHK100分de名著」による2019年11月の特別授業。

「シンギュラリティ」(特異点) 少しづつ変化して来たことが、ある地点を境に劇的に変化する、その変化する一点のことを言うとのこと。かつて人類は、こうしたシンギャラティを何度も体験して来た。紀元前1300年頃の古代中国では「文字」が発明された。

何故「史記」を読むのか、「史記」は伝説を含めた古代中国の非常に長い歴史(2500年以上)を扱っている為、文字の誕生をはじめ人類にとっての大きな変化が幾つも記されている事。そして「史記」の叙述スタイルに注目している。それまでの歴史書が出来事を時系列に沿って書く「編年体」であったのを人物を中心に書く「紀伝体」という新しいスタイルを作り出した。

古代中国の各時代では、次のような大きな変化があったと指摘する

殷・文字の誕生

周・心と論理の誕生

秦・法の完成

漢・中華文化の成立

その変化を時代ごとに解説されていて とてもわかりやすかった。

司馬遷が投げかけた問い「天道是か非か」は、答えの出ない永遠の問い。「良い事をすればよい事が起きる」「天道というものがあると言われたが、本当にあるのか」。司馬遷が問い続けた「天道是か非か」は現代の私達に突きつけている問いでもある。

「写真でわかる世界の防犯-遺跡・デザイン・まちづくり」小宮信夫著

「犯罪機械論」の立正大学・小宮信夫教授が半生をかけた犯罪学研究の集大成と自ら言われている本です。

人類の歴史は、戦争の歴史ともいえる。戦争という名の強盗殺人を防ぐ手立てが「犯罪機会論」の原点であり、それが万里長城や客家の福建土楼等の城壁都市になった。しかし日本では城壁都市をつくるまでもなかった。四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風などが日本への侵入を一層困難にしていた。

中庭を囲んで四方に部屋を配した漢族の伝統的住居は「四合院」だが、これこそ防犯に配慮した家の形式だ。外壁を壁で囲み、壁には窓を設けない。出入口も南面に設けられた一箇所のみ。壁をよじ登ったとしても降りる先は中庭なので、侵入者は四方から丸見えとなる。その住空間は、現代都市住宅のコートハウスに通ずるものがある。

学生時代に、坂倉建築研究所の西澤文隆さんの「コートハウス」論は、愛読書だった。1970年代に都市住宅の新しい可能性を感じたものだった。

現代は、グローバリゼーションの只中にある。

社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こしている。感染症によるパンデミック、犯罪の増加、環境汚染等、今まさに時代の転換期にいるのだとつくづく思う。

古来より「名医は既病を治すのではなく未病を治す」と言われている。予防に勝る治療無し。

リスク・マネジメントで最も重要なことは「予測」である。

犯罪機会論では、景色を解読する事によって「予測」できると書かれている。領域性(入りにくさ)と監視性(見えやすさ)を物差しにして景色を測る事が必要だ。絶体絶命の窮地に追い込まれる前に、景色解読力を高めて未知の危険を予測し、被害の予防が可能になると言う。

全ての分野において現代社会に欠落しているものは「予測」だと思うのだが・・・。

「正しく怖がる感染症」岡田晴恵著

時の人、岡田晴恵さんの「正しく怖がる感染症」(ちくまフリマ―新書)を妻から借りて読んだ。感染症とか公衆衛生学の分野は門外漢だったのだが、2017年に書かれたこの本を読んでみてとても良く分かった。

「新型インフルエンザ、ジカ熱、エボラ出血熱、結核、梅毒。多種多様な感染症をその経路別に整理して正しい知識を持ち、いたずらに怖がり過ぎず来たるべき脅威に備えよう。」という本で、章建てが下記のようになっている。

1章 昆虫が運んでくる感染症
2章 接触することでうつる感染症
3章 吸い込んでうつる感染症
4章 母子感染で重篤化する感染症
5章 飲み込んでうつる感染症
6章 傷からうつる感染症
7章 動物からうつる感染症

岡田さんは、21世紀は感染症との闘いの時代と指摘しているが、新コロナウイルスによるパンデミックスの真っただ中にいる現在。岡田さんが2017年にこの本に書いている危惧のとおりになっている。

エボラ出血熱のような、まだまだ怖い感染症も、未知の感染症もある。

新型感染症の流行時には、感染機会を減らし生き残るためには、水や食料、生活必需品の1ヶ月程度の備蓄は必要と指摘している。

我が家も防災対策として1週間分ぐらいの備蓄はしていたが、あらためて備蓄リストを作成し、そのぞれの品の数を調べた。表にしてみると少ないもの足りないものが良くわかる。

犯罪機会論

妻の愛読書「ニュートン(2020.04)」の中に、面白い記事があると勧められて読んでみたのが立正大学・小宮信夫教授の『「犯罪機会論」で犯罪を防げ!』。

『犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。欧米諸国では、犯罪原因論が、犯罪者の改善更生の分野を担当し、犯罪機会論が、予防の分野を担当している。
犯罪機会論とは、犯罪の機会を与えないことによって犯罪を未然に防止しようとする考え方である。ここで言う犯罪の機会とは、犯罪が成功しそうな状況のことである。つまり、犯罪を行いたい者も、手当たりしだいに犯行に及ぶのではなく、犯罪が成功しそうな場合にのみ犯行に及ぶ、と考えるのである。
とすれば、犯罪者は場所を選んでくるはずである。なぜなら、場所には、犯罪が成功しそうな場所と失敗しそうな場所があるからである。犯罪が成功しそうな場所とは、目的が達成できて、しかも、捕まりそうにない場所である。そんな場所では、犯罪をしたくなるかもしれない。逆に、犯罪が失敗しそうな場所とは、目的が達成できそうにないか、あるいは、目的が達成できても捕まりそうな場所である。そんな場所では、普通は、犯罪をあきらめるだろう。』

小宮信夫の犯罪学の部屋

犯罪学者の小宮教授が提唱する世界標準の「犯罪機会論」は、「犯罪は犯行の動機があるだけでは起こらず、動機を抱えた人が犯罪の機会(チャンス)に出合ったときに初めて起こる」というもの。

そこで、機会をうかがう犯罪者が「心理的・物理的に犯罪をやりにくい条件とは」という目線で、世界遺産、住宅や道路、学校や公園、駅やトイレなどを調査した小宮教授の「写真でわかる世界の防犯 遺跡・デザイン・まちづくり」という本を早速注文した。

一つ例を取り上げると、トイレの設計で通常行われているのは「A」だが、防犯機会論から言うと危険なのは「A」で、男女のトイレの入口が近く、そのそばに多目的トイレがあると、異性を尾行して多目的トイレにすぐ連れ込める。確かに多目的トイレは密室空間。「B」の平面だと男女の入口がはなれ、かつそれぞれのトイレの中に多目的トイレがあれば連れ込みにくいそうだ。

目から鱗。

是非「ニュートン」を買うか「小宮信夫の犯罪学の部屋」をみて欲しい。視点が変わると、建築のあり方も大きく変わる事に気づく。

「欲望の時代の哲学2020」マルクス・ガブリエル NY思索ドキュメント

既にNHK「欲望の資本主義」シリーズでメディアの寵児となり哲学界のロックスターとも呼ばれるマルクス・カブリエル。

2020年3月25日からNHK ・Eテレで放送が始まる「欲望の時代の哲学2020 マルクス・ガブリエル NY思索ドキュメント」を楽しみにしている。

「SNS社会の中、増幅する欲望、怨恨、そして分断。コミュニケーションツールとして期待を集めたデジタルメディアこそが私たちの社会を壊しているとガブリエルは指摘する。なにゆえに人々の心をむしばんでいるのか?カント、ヘーゲルを引きつつその本質を明らかにしていく。カントが考えた「自由意志」という概念、その先にある「目的の王国」とは?ドイツ伝統の哲学に新たな生命を吹き込むことで、現代人の心の問題を解き明かす。」

NHK ドキュメンタリー

先行して読んだのが「資本主義の終わりか、人間の終焉か?  未来への大分岐」

斉藤幸平氏とマルクス・カブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンとの対談集。この新書5万部を突破した。

とっても刺激的な内容だった。哲学・経済の専門的な言葉が多いので、若干ついていけないところもあるが、今のシステムが限界を迎えつつあることは一人の社会人として肌で感じるし、どうにかして乗り越えないといけない時期がそこまでやってきてる感覚もある。

建築の技術や知識を学ぶことも大事だろうけど、基盤となる教養を広げることはもつとも大事。

「後藤新平・日本の羅針盤となった男」山岡純一郎著

昨今の新型肺炎の拡大で、以前読んだ この本を思い出し書棚から探してきた。

この本は、付箋紙だらけになっているから実に学ぶことが多かつた本なのだが、後藤新平が陸軍次官だった児玉源太郎の命を受けて担当した日清戦争後の検疫事業について書き出してみる。

日清戦争の戦地では伝染病が流行した。広島は、日清戦争の大本営(臨時首都)が置かれた。1895年(明治28年)3月から同年11月つまり戦争末期から終戦後兵士が凱旋して以降にかけて広島県内で3,910人(死者2,957人)うち広島市内1,308人のコレラ患者が発生したとある。
また当時大本営参謀総長である有栖川宮熾仁親王が広島で発症した腸チフスで1895年1月薨去し指揮にも影響した。

明治28年(1895年)4月1日、日清戦争の帰還兵に対する検疫業務を行う臨時陸軍検疫部事務官長として官界に復帰した後藤新平は広島沖の「似島(にのしま)」検疫所を作った。その他に彦島検疫所(下関市彦島)・桜島検疫所(大阪市桜島)も整備指揮を行った。

似島検疫所は、敷地面積2万3千坪、消毒部14棟、停留者舎24棟、避病院16棟、さらに事務所、兵舎、倉庫、炊事場、トイレ等、棟者以外に火葬場と汚物焼却場を造り機能させた。病院と消毒工場が合体したような世界最大級の検疫施設だったと書かれている。似島では最高1日4千人の検疫がされた。

検疫所開設までに与えられた時間は当初は3ヶ月間だったが、2ヶ月の不眠不休の突貫工事で完成させた。後藤新平の凄さは施設建設のハード面だけでなく、その運用ソフト面でもイニシアチブを発揮したことである。

検疫業務は凱旋兵を載せた輸送船が沖合に見えたところから始まる。沖に停めた船に検査官が乗り込み、伝染病患者や死者の有無を臨検する。患者は運搬船で避病院、遺体は屍室に送り船内の消毒を行う。健康な兵員は検疫所で20分間の淋浴し消毒する。衣類や携行品は熱気消毒、薬物消毒される。停留の日数は5日、その間に発病者出れば隔離し、さらに4日停留日数が延長される。

検疫を通過した人数は23万2346人。検疫船舶数687隻、そのうち患者を乗せてきた船は258隻。真性コレラ患者369人。疑似コレラ313人。腸チフス126人。赤痢179人。痘瘡9人と記録されている。

明治28年(1895年)は、全国でコレラ患者5万5144人。4万154人が死亡している。やはり日清戦争がコレラを流行させたといえる。ただ その5年前は平時でありながら3万5227人がコレラで死亡している事から、後藤新平が指導力を発揮した大検疫事業が行われなかったら、どれだけ死亡者が拡大したことか。翌年からコレラ死者数は数百人台に激減しているところから、入国する外国船の検疫を徹底的に行えるようになったことが要因だと指摘されている。似島・彦島・桜島の検疫事業は その後の成功モデルになった。

後藤新平は、行政手腕の巧みさから、臨時陸軍検疫部長だった児玉に評価され、児玉が第4代台湾総督になると台湾民政局長に抜擢されるのであった。

さて120数年前に世界から絶賛された検疫事業に学ぶことなく、迷走する日本の防疫対策のもとで新型肺炎は市中感染の段階に移った。あらためて日本の政治家や官僚には「人」がいなくなったのかなと思う。

「そして日本国憲法は作られた」

このところ幾つか同時並行で難しい症状の建物に取り組んでいるせいか、頭が悶々していた。気分転換に漫画でも読むかと 娘から借りていたこの本を読んだ。

最近は弁護士・司法書士・行政書士の法律家の皆さんとお付き合いが増えているので、常日頃一般的な法律知識の習得は欠かせない。

憲法改正の動きがあるが、現在の日本国憲法がどのような経過で作られたのか、そしてどういうものなのか正しく判断する必要があるのだろう。

マッカーサーが日本国政府に憲法改正を指示した時、政府案とは別に民間でも沢山の草案が作られた。その中でも有名なのが憲法研究会の「憲法草案要綱」。

この「要綱」は、
・「日本国の統治権は、日本国民より発する」
・「天皇は、国民の委任により専ら国家的儀礼を司る」
・「国民の言論・学術・芸術・宗教の自由を妨げる如何なる法令をも発布することはできない」
・「国民は、健康にして文化的水準の生活を営む権利を有する」
・「男女は、公的並びに私的に完全に平等の権利を享有する」
など現行日本国憲法と少なからぬ点で共通する部分を有している。一方、軍に関する規定を設けておらず平和思想の確立と国際協調の義務を定めるものの、戦力や交戦権の放棄についての記述はない。

GHQの原案は、国内の草案も参考にしながら1週間で作られたのは確かだが、その後の交渉経過で日本側の意見も十分に取り入れられ、3カ月半にわたる国会審議でも、国内の第一線の憲法学者や学識経験者が加わっている。「押しつけ憲法」と断じるのは、歴史を学ばないものの決めつけでしかない。

建築とは、まったく異なる本を読んでリフレッシュできた ! ?

「こども六法」

もらった図書券があったので孫娘の絵本でも買いなと娘に渡したら、この本を買ったと連絡がありました。小学生でも読めるように工夫された身近な法律の本だと言う事です。私はまだ中身を読んでいませんが、今話題の本(アマゾン・ベストセラー1位)だそうです。

著者は、教育研究者の山崎総一郎さん。まだ20歳代ということですがエネルギッシュな活動をされています。

この本の価格を抑えるためにクラウドファンディングでお金を集めたそうです。

こどものときから身近な法律知識を学び、基本的知識を得ることは大事だと思います。今も昔も学校教育の中で身近な法律知識は組み込まれてこなかつた。

今でも時々いますね「建築基準法? なんでそんなもの守らなければならないんですか?」若い設計者に聞かれるとガッカリします。

この本は、保護者である娘自身が読むために買ったのかな。だって孫娘は、まだ幼稚園生だもんね。

以下 アマゾンに掲載されていた本の紹介文です。

こども六法

山崎総一郎


いじめや虐待は犯罪です。
人を殴ったり蹴ったり、お金や持ち物を奪ったり、SNSにひどい悪口を書き込んだりすれば、大人であれば警察に捕まって罰を受けます。
それは法律という社会のルールによって決められていることです。

けれど、子どもは法律を知りません。
誰か大人が気づいて助けてくれるまで、たった一人で犯罪被害に苦しんでいます。
もし法律という強い味方がいることを知っていたら、もっと多くの子どもが勇気を出して助けを求めることができ、救われるかもしれません。

そのためには、子ども、友だち、保護者、先生、誰でも読めて、法律とはどんなものかを知ることができる本が必要、そう考えて作ったのが本書です。
小学生でも読めるように漢字にはすべてルビをふり、法律のむずかしい用語もできるだけわかりやすくして、イラスト付きで解説しています。

大人でも知らないことがたくさんある法律の世界、ぜひ子どもと一緒に読んで、社会のルールについて話し合ってみてください。

【目次】
第1章 刑法
第2章 刑事訴訟法
第3章 少年法
第4章 民法
第5章 民事訴訟法
第6章 日本国憲法
第7章 いじめ防止対策推進法
いじめで悩んでいるきみに


 

「CMガイドブック第3版」

本書は、本邦唯一のコンストラクション・マネジメント教本で最近の多様な発注方式に対応して改訂された。

コンストラクション・マネジメント(CM)における標準的な啓蒙書をめざして2004年に発刊、2010年に「 改訂版」がだされ、この本は第3版。

昨今の建設分野を取り巻く社会環境はますます変化し、随分CMも浸透・普及してきた。

また公共工事品確法改正(2014)に伴い、官公庁でも多様な発注方式が可能になってきました。また地方公共団体が保有・管理する公的不動産(PRE)についても各地で見直しが進んでいます。

建築プロジェクトの事前協議である各種許認可は、設計スケジュール、建設コスト、全体計画に関わっているのでコンストラクション・マネージャー(CMr)がモニタリングする必要があります。新築だけでなく増改築・用途変更を含むリノベーションプロジェクト等も増えてきて、その一部をお手伝いすることが増えてきました。

ということでCMを体系的に勉強し直すために読みました。

「施設参謀」

山下PMCの代表取締役社長である川原秀仁さんの本。

PM(プロジェクトマネジメント)、CM(コンストラクションマネジメント)の基本は、品質・コスト・納期をコントロールしながら、施設建設プロジェクト全体をマネジメントすることです。

昔は、CMと言えばコストカツター。分離発注で各専門工事会社からキックバックさせ建築主に隠れて儲ける怪しい人達というイメージもありましたが、昨今は第三者性を担保した健全なイメージが強くなりました。

2000年代の頃から日本の不動産ビジネスが開花しはじめデューデリジェンスの必要性が強調され、不動産証券化とともに設計図や各種施工結果報告書・竣工図の完備が必要となりました。

そしてデューデリジェンス業務(資産の適正評価のための調査・診断)やエンジアリング・リポート(建物状況調査報告書)といった新しい業務が生まれました。

とりわけ不動産投資や不動産管理において遵法性(建築関係法令)の遵守が前提となり、こうした調査業務も新しい業務として仲間入りしました。

昨今では、民間でも官庁でも発注方式が「設計・施工分離」から「設計施工一括発注」、設計の段階で施工者が関与する「ECI方式」などと多様になりつつあります。

そうした中でPMやCMは、これまで以上に重要な役割と責任を負うことになることが予想されます。

この本が出版されたのが2015年ですので、川原さんの書かれている「日本の未来をつくる7つの戦略」には、ちょつとどうかなと思うところもあります。

しかし川原さんは、この分野のトップランナーだけあって、この本に書かれている内容は、刺激的で多くの示唆に富むことが書かれていました。

「事業戦略と施設戦略を高度に融合した領域」は、私にとっては目指すべき高見かも知れません。

「日本の近代・現代を支えた建築・建築技術100選」

日本建築センターと建築技術普及センターから発行されたこの本は、建築基準法の前身である「市街地建築物法」が制定されてから100年の今年、百周年記念として出版された。

建築技術の100のキーワードを「住宅」「一般建築」「各種構造」「建築生産・設備」「政策・地域計画」の5分野に分けて掲載されている。

年寄りが読んでもなかなか読み応えがあるのだが、本書で「日本の100年間における建築・建築技術の全体像や日本の独自性を、これから建築を学ぶ若い人に伝える」と書かれているように、多いに若い人たちに読んでもらうのが良いと思う。

私見としては、調理人(学者)の視点ばかりではなく生産者の視点で建築技術の要素である塗装、防水、溶接、左官、タイル、外壁材等部位別に100年の歴史を振り返ってもらつたら もっと奥行きがある本になったのではないだろうかと思った。