
打合せが終わったら丸の内は、すっかり夜だった。
東京駅の夜景にしばし見惚れた。

JPタワー

丸ビル

建築法務/ 建築ストック再生・活用 /長寿命化/ 環境建築 / 建築設計監理 / ㈱寺田建築事務所・一級建築士事務所

打合せが終わったら丸の内は、すっかり夜だった。
東京駅の夜景にしばし見惚れた。

JPタワー

丸ビル


地方に出かける機会があると、道の駅に立ち寄り新鮮な野菜を買ってくる事が多いが、道の駅も昔と違い 随分変化したなと思っていた。その変化の道程を知りたいなと思い「道の駅/地域産業振興と交流の拠点」関満博・酒本宏著、新評論刊を読み始めていた。
道の駅が、地域の経済・社会にとって、どういう意義を持つのか意識して書かれた本は少なく、今後の進化・変化の方向性を探る上で とても参考になった。
以前の道の駅は、やたらと軒下空間が広く、そこが農産物の直売スペースだった。建築確認申請は、外気に開放されたピロティで床面積非算入。実態は屋内的利用は恒常的で当然床面積に算入されるべきだったが、最近は農産物直売も室内になったものが多い。当然ながら道の駅のデザインも変化してきている。

ちょうど日事連10月号が届いたので見てみると特集が「地域を活気づける道の駅」だつた。最近の道の駅は複合的で大規模化している。それもそのはず 色々な機能が盛り込まれている。
道の駅は、当初は道路利用者のための「休憩機能」、道路利用者と地域の人々のための「情報発信機能」、道の駅を核とした地域の町どおしが連携する「地域の連携機能」の三つの機能が意識されていたが、やがて地域の農産物や加工品の直売といった「地域産業振興の機能」が加わり、さらに現在では「防災機能」も強く意識されている。
「地方創生・観光拠点」も結構だが、地方の人口減少・高齢化への対応といったことも差し迫っている課題だ。

「道の駅・ガイドブック」も手に入れたので、もう少し全国の色々な道の駅を見に行きたいと思っている。

日本橋まで行ったので、久しぶりに室町テラスに寄ってみた
行燈のオブジェ

バックは、マンダリン・オリエンタルホテル

誠品生活日本橋

フロアーマップ
大人の遊び場

猿田彦珈琲でコーヒーを買った。


2018年に韓国で放送されたテレビドラマ「マイ・ディア ミスター~私のおじさん」。
今回は、映画の中の建築ではなく構造技術と構造技術者の事について書いてみる。主演はイ・ソンジュンと歌手のIU。イ・ソンジュンの役どころが大手建築エンジニアリング会社(建設会社と解説している人もいるが、耐震性能評価をしているので私は違うように思う)に勤める構造技術者。新築建物の設計をする構造技術者のエースだったのが、後輩が社長になり安全診断チームの部長に左遷されたという設定。この安全診断チーム3は、どうも建物の耐震診断を行う部署らしく、他の2チームに比較して大規模な物件を担当しているが技術者は4人だけ。耐震診断の現場調査にも出向き、クラックスケールをあたる場面やドローンで塔のクラックを測定するところなど現場調査の場面も随所に展開されていて、とても親近感を覚えた。またセリフに建築や構造に関する専門用語が散りばめられているので興味深く見てしまった。
さて「大韓民国(以下韓国と略す)では、過去2世紀の問、地震活動度は大変低かった。そのため、20世紀後半まで地震荷重は、建築物や橋の設計において無視されていた。1978年にSeoulの南約200kmに位置するHong-Sungで、起こった地震は韓国国民に地震被害の恐ろしさを改めて思い起こさせる契機となった。1985年にメキシコ地震が起こるに及んで、緊急に耐震設計を導入することとなった。すなわち、20階建て以上のすべてのマンションは、アメリカのUBCに規定されているZone2の耐震設計にしたがって設計されることとなった。1995年兵庫県南部地震は、その人的および物的被害の甚大さにより、韓国での建築物の耐震性を見直そうとする気運を盛り上げた。また、1999年9月に起こった台湾での地震はこの気運をさらに加速することとなった。
韓国は、地震国ではないように考えられがちであるが、実際にはそうではない。1400年から1800年の間に、改正メリカリ震度階で7よりも大きな地震の回数は、152回を数える。1801年から現在までは、その数は大きく減少しているが、計測機器の発達もあり、今世紀に入札増加する傾向を見せている。このような状況のもと、1988年には最初の耐震設計基準が施行された。その後、10年以上が過ぎ、現在基準の見直し作業が行われている」(出典:「大韓民国における建築物の地震被害低減に関する国際共同研究」京都大学2002-03)
そうした中、2016年に慶州地震(M5.8)、2017年に浦頂地震(M5.4)と立て続けに内陸部に被害を及ぼす地震が発生している。
韓国では、2005年以前に建設された3階建て以上の民間建造物のほとんどに、耐震設計がなされていないようで、このドラマの背景には韓国の既存建物の耐震化という差し迫った社会的要求があるようだ。
このドラマを見て、韓国の耐震性の問題、RC建物の構造特性やソウルの住宅事情を知ることができた。
ドラマは、会社組織の派閥争いの中での中間管理職の苦悩やシニア世代の様々な苦悩が描かれていて、余韻が残るドラマに仕上がっている。私は全体として秀作だと思つた。歌手のIUは現代子のチャラいねーちゃんかと思っていたが、セリフが少ない表情のない役柄は彼女のミステリアスな面を引き出している。
「構造技術者は利害関係に左右されず、まず第一に構造技術の観点で判断・評価すべし」パク・ドンフン部長の言葉にしびれる。

栗山川側のテラス。降り続く雨でかなり増水
晴れた日なら気持ちが良いでしょうね

川側
木造の売場がチープかな



雨の金曜日、成田市から多古町へ足を運びました。

結構モダンな建物です。

主に地元産の農産物を販売している店舗
多古米をブランド米として打ち出していました。
米を生かした関連商品も目立ちました。



飲食店の内部・あじさい御膳という豚生姜焼き定食でランチ


10月7日、中野区内で日本建築家協会関東甲信越支部・中野地域会と東京都建築士事務所協会中野支部共催のセミナーで講師をしてきました。
今年の新型コロナウイルス感染拡大で伸び伸びとなっていた企画でしたが、ようやくオフラインの集まりが開催出来るようになりました。大きな会議室に定員の半数以下の人数で参加者を絞った集まりにしたそうです。それでも雨の中20人程の参加者がありました。
私は、2019年に同様なテーマでセミナー講師をしていますので、今回はそれらに加筆して検査済証の無い建物の増築4件、用途変更2件の事例報告を行いました。
参加者は、習熟した実務者がほとんどで、セミナー後の質問も沢山ありました。
参加者と同じ実務者ですから、セミナーと言うよりは、公開カンファレンスのようなものかもしれません。20人程度というのは規模としては 意外と適正で質問も多くでやすい規模かもしれません。
ハードロック界を代表する米バンド、ヴァン・ヘイレンを率いたギタリストのエディ・ヴァン・ヘイレンさんが10月6日、喉頭癌との長い闘病の末65歳でなくなりました。
演奏を聞くたびに、心に火をつけてくれた。ありがとうエディ。
先日、東池袋の造幣局跡地に出来た防災公園「IKE・ SUNPARK」と「としまキッズPARK」を見てきて思い出したのが「土壌汚染対策法」(土対法)
そう言えば この造幣局東京支局からは、「かつて貴金属地金を精製するために設置されていた製錬工場(昭和 44 年取り壊し)及び貨幣材料を溶解・鋳造・圧延するために設置されていた溶解工場(昭和 54 年取り壊し)の跡地周辺から、基準値を超えるセレンを含む土壌(最大で溶出量基準の 130 倍)及び地下水(最大で溶出量基準の 110 倍)が確認され、その他 2 箇所で水銀を含む土壌(最大で溶出量基準の 24 倍)、3 箇所で鉛を含む土壌(最大で含有量基準の最大 7.3 倍)が確認されました。」(平成 24 年 12 月 27 日・独立行政法人造幣局・「造幣局東京支局の土壌汚染自主調査の結果について」)

https://www.mint.go.jp/about/info/info_environment.html
この平成24年の自主調査のあと、平成28年12月から平成29年月に実施された土対法に基づく法定調査により基準値を超える有害物質が確認され平成29年5月22日に東京都から汚染が確認された範囲について「形質変更時要届出区域」に指定された。その後土壌汚染対策工事を行い2020年9月16日に指定解除されていた。
造幣局東京支局跡地の事を考えていたら、知人から新築する工場で設計事務所から「土対法の届出を工事着手30日前に建築工事施工者が提出してくださいと指示があったが、この届出は建築設計事務所がもっと以前に提出すべき代物ではないのか」という質問があった。
建築主が提出するものだが、プロジェクト全体のスケジュールに大きな影響を及ぼす重要な届出なので、誰が出すかは契約内容にもよるが、建築士なら知っておいて欲しい届出で、建物の設計事務所が単に知らなかったからではないかと意見を述べておいた。
そこで大規模な敷地、工場跡地に建築プロジェクトを計画する場合には、土壌汚染対策法に基づく「一定規模以上の土地の形質の変更届出書」の提出が必要。
・敷地面積3,000㎡以上の場合が対象
・建物を新築する場合でも「形質」の変更にあたり届出が必要。届出提出後に土壌調査命令の発出が判断される。
・新規に土地を購入する場合は、その敷地の過去の使用履歴をよく調べておく必要がある。特に工場跡地の場合や、既存工場内の場合、周辺が工業地帯の場合は、必ず地歴を確認する事

2020年。人類は新型コロナウイルス感染症の危機に直面している。現在も様々な情報に翻弄されながらも生きている。生きていくうえで 社会生活を維持していくうえで、どのような知恵を働かせるか。見えないもの、滅多にやってこないパンデミックに対応するには、総合的な知性が必要だと著者は語る。「総合的知性」からの発想がいる問題には、長く、幅広く、時間軸で物事を捉える歴史学が最も威力を発揮すると。
興味深かったのは、1858年ペリー艦隊のコレラに感染した乗組員が寄港した長崎でコレラが発生、8月には江戸に感染が拡大し3万人とも26万人とも言われる死者が出た。その後3年にわたって流行した。開国がコレラの感染を拡大したとして攘夷思想が高まる一因となったこと。
また孝明天皇の攘夷の意志は、1862年(文久二年)の麻疹(はしか)流行が大きな影響を与えていること。孝明天皇は観念的なものではなく、感染症を媒介として「異国は日本を害する」という現実に根差した認識を反映しているという指摘は興味深かった。確かに「感染症」という物差しにより日本史を見てみると新しい視点が広がる。
「歴史は単なる過去の記録ではありません。日常生活で生かすことのできる教訓の宝庫です」
主に歴史学・経済学・建築学の本を並行して読んでいるが、歴史の本は一気に読める。今更ながら道を誤ったかなと思う今日この頃。

いつもの夜のウォーキング。
ふと金木犀の香りがした。
秋だな。
見上げると金木犀の向こうに明るい満月。
ああ、今夜は中秋の名月だ。
俳人ならここで一句、
歌人ならここで一首詠むのだろうに

東池袋・造幣局跡地「IKE・SUN PARK」
2020年7月にオープンしたこの公園は防災公園としての機能も持つ。中央はヘリポート機能も想定され、一時避難場所、救援物資集積拠点として考えられている。
子供達が伸び伸びと遊んでいる風景を見ているのは楽しい。
背景は左側が東池袋再開発ビル群。右側にサンシャインシティ。


「コト・ポート」という屋台のような小さな店舗。
4店舗がオープンしていた。
11月にはカフェもオープン。
南池袋公園に続いて「公園が街を変える」起爆剤となるか。



26日にオープンした「としまキッズパーク」を見てきた。
サンシャインシティの南側 造幣局跡地の一画に開設された。

午前中、天気は曇っていたが小さな子供連れの家族が続々と来ていた。

利用者は主に小学校低学年までの児童や未就学児、その保護者を想定しているようだ。

豊島区内の保育園・幼稚園には園庭のあるところが少ないし、子供達が伸び伸びと遊べる空間も少ないのでこうした施設は歓迎したい。ただし4年間の限定であるのが残念。
それ以降は、場所を借りているURに返却するとのこと。

このところ「改正建築物省エネ法オンライン講座」を視聴している。分割して好きな時間に視聴できるので とても良い。
振り返ると非住宅2000㎡以上の建物が省エネ適合義務となった平成29年前後は、弊社でも省エネ計算サポートの業務は、かなり多かった。その後、モダル建物法が拡充され計算方法が簡略化された上に省エネサポート会社が増えこともあり、自然と業務は減っていた。何事も諸手続きが簡略化していくと、中間的な技術者や専門家は必要なくなっていくものだ。
経済学で言うとイノベーションで獲得される期限付きの剰余価値を「特別剰余価値」というのだそうだ。特別剰余価値は、「ある商品の現在の社会的価値と未来の社会的価値との差異から生まれる」。
資本主義はダイナミックに常に変転している。その変化に対応して自営業者として生きていくのは中々忙しい。
省エネ計算サポートは、現在のところ特段営業もしていないが決まった固定客からの依頼と紹介業務は途切れずにある。
さて弊社の裏メニュー化しつつある「省エネ計算サポート」。一年を振り返ると途切れずに依頼がある。とりわけ300㎡以上の集合住宅が多い。集合住宅の場合は意匠上のタイプ数は少なくても、外皮条件や階高等が異なる場合も多いので省エネ上のタイプは増えがちで計算上は煩雑になる。
今年発表された「フロアー入力法」も取り入れてみた。計算は簡略化されるが、それぞれの外皮の熱貫流率は最も大きい数値、窓の日射熱取得率も最も大きい値とされているので、どうしても棟全体のBEIは安全側になる。施策的には安全側に誘導することになるのだろうから良いのかもしれないが、民間賃貸アパートなどの場合は熱的性能は貧弱なもの多く、意匠設計者が従来の熱的性能の延長で考えているとBEIがオーバーすることがある。
来年4月に迫ってきた非住宅300㎡以上の省エネ適合化。色々と準備しておかなければならない。

連休、成田空港第一ターミナル経由で現場に向かい計画変更確認申請の打合せに行く。
4階の国際線出発ロビーは閑散としていた。


4階の飲食店と物販店の部分の案内板。黒い部分は既に撤退した店舗で、その他にも多くが臨時休業中の為、数えるぐらいしか飲食店も物販店も営業していなかった。来年の3月まで家賃支払いを猶予されているそうだが、撤退と休業は増加しているそうだ。

今回は、日暮里から成田空港を往復とも京成スカイライナーで移動。一車両にニ三組しか乗車していない。電鉄も苦しいだろうなぁ。

今年度当初にJIAさんから講師依頼がありながら、新型コロナウイルスの感染拡大防止から順延になっていたセミナーが10月7日に開催されることになりました。今回は「建築ストックの再生と活用・リノベーションの肝と心」という題が与えられました。
日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部 中野地域会と東京都建築士事務所協会(TAAF)中野支部の共催です。
部外者の方が参加できるかどうかは、JIA中野地域会に聞いてください。
セミナーでは、印刷物やネットでは公表できない中断したプロジェクトの事例も盛り込むつもりです。業務が中断したプロジェクトには、意外と重要な教訓がありますので、
空き家等を活用した低額所得者・高齢者・障がい者・子育て世帯等の住宅確保要配慮者に対する住宅セーフティネット機能の強化を図ることを目的に、改正「住宅セーフティネット法」が平成29年10月25日に施行され、住宅確保要配慮者の入居を拒まない住宅(セーフティネット住宅)を賃貸する事業の登録制度。
平成30年7月10日付けで住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律施行規則が改正施行され、この規則改正により、申請書の記載項目と添付書類が大幅に簡素化されました。
最近この事業を活用したいと言う相談が増えてきました。
この制度は、空き家専用住宅を対象としたもので、当初は、あまり関係ないだろうと思っていましたが、共同居住型住宅(シェアハウス)で比較的規模が大きく非木造の建物について弊社に直接相談があります。
その他の法令との関係での注意点は下記のよう事があげられます
1、共同居住型住宅(シェアハウス)など、入居者が台所等を共同使用する場合、建築基準法上の用途は「寄宿舎」となります。住宅等を寄宿舎や老人ホームなど他の用途に変更する場合、用途変更確認申請(床面積200㎡以上)の手続きが必要となります。
2、セーフティネット住宅(専用住宅)のうち入居者の対象を高齢者に限定するもので、一定のサービスを提供する場合、老人福祉法に規定される「有料老人ホーム」(床面積200㎡以上)に該当し届出が必要となる場合があります。
3、セーフティネット住宅のうち、高齢者等を入居させ、一定のサービスを提供する場合、消防法上の用途が「社会福祉施設等」となり、スプリンクラーなどの消防用設備等の設置が必要となる場合があります。
勿論、確認済証・工事完了検査済証があるか、新耐震建築物か否か、建築基準法や消防法に適合している建物かを確認する事は基本です。
弊社の場合、登録申請・インスペクション・調査設計計画・完了申請等に対して一括で対応できます。

デンマーク初の女性首相を主人公にしたヒューマンドラマで、首相として厳しい決断を強いられながら、家庭生活との両立にも葛藤していく姿が描かれている。3シーズン全30話からなる作品をNetFlixで見終えた。最近は、欧州ドラマ、とりわけ北欧の作品に嵌まっている。
映画やドラマを見ていると 色々な建築に出会える。特定できる場合もあるし、印象には残っているが、建物を中々特定できない場合も多い。

このドラマの中で、見覚えあるなあーと思っていたのが、シーズン3の第1作目で穏健党党首選挙の会場として登場した「アーケン美術館」。私のヨーロッパ建築のバイブルである「ヨーロッパ建築案内・第3弾」の中では、「アルケン近代美術館」。
ソーレン・ロバート・ルンドが、1988年25歳の時にコンペで勝ち取った作品で当時 衝撃的だった。この建物は、相互貫入した有軸性による複雑な平面でデコン建築の代表作になった。完成したのは1994年
映画の中の建築に魅了されることが多い。
ミシガン州立大学が作った「透明ソーラーパネル」赤外線や紫外線といった、人間の目には見えない波長の光のみを吸収するので、透過する光の明るさは変わらないらしい。ビルや建物に使われている全てのガラスで発電できるようになったら、エネルギー問題は改善し、自立循環型社会に大きく舵を変える事ができそうだ。
Where there is a will, there is a way.「志あるところに、必ず道あり」
NETFLIXの「師任堂・色の日記」(サイムダン)の中で「志あるところに、道はある」というセリフがあり思い出した。
キリスト教会でも、この言葉を説かれた記憶がある。
心の中にこの真理を深く刻めと。
幾つになっても「志あるところに、道はある」

【2010.09 東京カテドラル】
コロナコロナで半年も経ってしまいましたね。今年は
まだ、暑い日が続いています
コロナで、パートナーの大学が閉鎖され実験や研究が出来なくなり、毎食きつちり健康管理されて5カ月。体重も減りましたが、何よりヘモグロビンa1c(HbA1c)が正常値になりました。食事管理とウォーキングで健康管理。パートナーのおかげです。
最近は、朝食と昼食をしっかり食べ、夕食はかなり糖質を抑えた食事をした後で、約40分のウォーキング。帰ってきたらシャワーを浴び涼んでから睡眠をとります。そして朝はだいたい4時頃起床。
夜10時頃から深夜2時ぐらいの間に食事を摂らないのが良いみたいですね。この時間に食事をするとエネルギーを消費せず炭水化物や脂質は、脂肪として体内に蓄積され、繰り返していると体重が増えるそうです。
最近は、昼間多少カロリーオーバーの食事をしても体重があまり増えません。
毎食の写真を記録して5カ月。6冊目の記録帳にはいりました。毎食何を食べてきたか、振り返ると中々面白い記録集が出来てきました。
毎食の記録、体重測定、血圧測定がルーチンワークになってしまいました。

著者曰く科学の視点で歴史を調べ上げズバッと斬った本。気楽に読めたが、後から考えると深い内容が散りばめられいる。
日本では歴史は文系、科学は理系で選別され「別物」扱いされがちで、歴史=暗記だと勘違いされている。この科目別教育と若年のときから理系・文系コース分けの弊害は、今の日本に如実に表れているように思う。
フィンランドは科目別教育を廃止し、領域横断型で現象やイベントを総合的に学ぶ教育システムを導入したと聞いた。見直しが始まつているところがあるのは興味深い。
「科学・・起きる現象には必ず理由があって、それを解き明かすことができる。」と著者が書く通り。全て科学で解明できるかどうかは一旦置いといて。
最初に豊臣秀吉の「中国大お返し」を取り上げている。織田信長が本能寺で明智光秀に殺されたとき、秀吉は京都から200km以上離れた備中(現在の岡山市北区)にいた。「信長死す!」との知らせを聞いた秀吉は、毛利方と和解し京都に向かい山崎の決戦となる。
秀吉軍2万人が一週間から10日ぐらいで移動する。これを伝説の「中国大返し」というのですが、よく考えると一日20kmから30kmの移動なので、1日8時間歩くとしても時速3km程度なので、普通に歩く程度。もっとも歴史の本によると備中高松城の陣から姫路までの移動は大変だったらしい。
この本の著者が注目したのは「食料」。2万人が200km移動するのに必要なエネルギー、食糧を用意した石田三成の実務官僚としての能力の高さ。石田三成は若い時から兵站部門に能力を発揮していたらしい。石田三成再発見という気がした。
他にも考えることがあった。それは労働時間のことだけど、別の機会に書くとしよう。

直木賞を受賞した馳星周さんの「少年と犬」。出先の駅の本屋に平積みされていたので買って帰り、一気に読んでしまった。
それなりに仕事に追われているのに・・・。
一気読みした本は久しぶり、いつもは途中までしか読まなかったり、数ページずつしか読めない。大概は読んでいるうちに眠くなるから。でもこの本には引き込まれてしまった。読み進めると、ときおり以前飼っていた犬達のことが脳裏に浮かんでくる。ついつい「ありがとう」と呟いていた。
さてこの本は、東日本大震災で被災し飼い主を亡くした犬・多聞(たもん)の数奇な運命をたどる物語。
帯にも書かれているように「(犬は)人という愚かな種のために、神が遣わした贈り物」という著者の言葉に、うなずいてしまう。
人は「無償の愛」に包まれた時、しあわせを感じる。
「犬を愛するすべての人に捧げる感涙作」といのは間違いなし。

かれこれ20年ぐらい前に買った本。その頃外資の仕事に関わっていて専門用語の英語表現を確認したくて買ったのだと思う。ところどころの単語に赤線が引いてある。
その頃と比べても グローバル化は進み、個人事務所の我社でも英語が必須な仕事に関わることが増えている。特に今年は多い。
この「建築バイリンガルノート」は、単なる建築系技術英単語辞書でないところが良い。4部構成になっており、「国境なき世界を横断する」というコラム集と3つのカテゴリーで分類した用語集からなる。3つのカテゴリーとは、企画から設計、工事といった実務の流れに沿った「建築のベーシックとしてのヴォキャブラリー」、文化施設や商業系、住宅系といった建物タイプごとの「形式の解体、そして再構築へ」、哲学や物理学、心理学といったイディオムにかかわる言葉を集めた「概念の構築」。実務用語の章では、海外の建築許可証の例や図面の種類について図入りで解説されているのがユニーク。
この本を書いた堀池秀人さんは 5年ほど前に65歳で亡くなられた。まだまだ活躍できたのに惜しい。
外資の仕事も 昔と比べると随分と楽になった。何しろ愛用するポケトークがあるし、幾つもの翻訳ソフトで表現を確認することができる。読み書きは。しかし相変わらず会話は、一向に進歩しない。活舌が悪いせいかポケトークでさえ正確に認識してくれない事がある。
まあ歳をとっても 英語に触れると頭が活性化するように思えるのはありがたい。

碑文「平成31年(2019年)4月19日、この地で母子2人が亡くなり、10人が重軽傷を負う悲惨な自動車事故が発生しました。この事故を受けて慰霊碑設置の募金が全国各地から寄せられました。
ここに、亡くなったお二人をはじめとするすべての犠牲者を悼み、二度とこのような交通事故が起きない社会を築く誓いを込めて慰霊碑を設置します。令和2年(2020年)4月 交通安全宣言都市 豊島区」
デザインコンセプト
「この慰霊碑は交通事故ゼロを目指す新たな未来への「つぼみ」を表現しています。球体は普遍的な日常を表し、少しく窪んだ部分は事故をイメージしています。そこに雨が降ると水が溜まり、流れ落ちます。それは悲しみの涙を表し、地面へ伝い落ちた涙の雨粒は発芽の種、「交通事故ゼロの未来」へ向かう希望の芽としたいと考えました。
人々の生活の中に安心・安全についての意識が少しでも根付いていくことを願っています。」