
昭和33年築、堀口捨巳の集大成の作品と言われている








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昭和33年築、堀口捨巳の集大成の作品と言われている
昇降機(エレベーター)は建築設備として、建築基準法第87条の4及び同施行令第146条1項1号の適用を受けます。
既存建築物の屋外にエレベーターを設置する場合は、通常床面積が増加するので「増築」となりますので、エレベーターを設置する既存建築物の検査済証が無い場合には、建築基準法適合状況調査(ガイドライン調査等)が必要となり建設時の法適合性が確認されないと昇降機の申請を出すことが出来ません。
ただし既存建築物の屋内に設けるエレベーターで床面積が増加しない場合、つまり既存の床スラブ等を解体し、そこに昇降機路を設置する場合には、建築基準法上の「増築」には該当しませんので、建築基準法第87条の4及び同施行令第146条1項1号により、確認を要する建築設備としてエレベーター単独での確認申請が必要となります。
この場合でも既存建築物の検査済証が無い場合には、建築基準法適合状況調査(ガイドライン調査等)が必要となり建設時の法適合性を確認する必要があります。
既存建物の昇降機を交換する場合も同様です。
既存建築物が建築基準法第6条1項4号に該当する場合には、昇降機(エレベーター等)の確認申請については規定がありません。この場合特定行政庁は、建築基準法第12条5項に基づく報告を求めます。
昨今、リノベーションやリフォーム案件が増え、昇降機新設に伴って、こうした相談がガイドライン調査機関に多く持ち込まれているそうです。
又、最近はエレベーターメーカーの法令遵守の意識は高く、昇降機設置の相談をすると最初に確認済証ありますか、検査済証ありますかと聞いてきます。検査済証が無ければ昇降機の出荷はできないようです。
弊社では、既存建物に設置する場合の相談等をする時は、最初に建築確認記載台帳証明や検査済証を昇降機メーカーに見せるようにしています。
2019年にこの本が出版された時は171件の歴史建築を紹介していたが、この増補版は約40件ほど新規追加され結構分厚い本になった。
台湾は、産業遺産のリノベーションと再利用の宝庫で、日本統治時代や終戦直後に建てれた老家屋は、次々に修復・復元され、個性的なショップやレストラン、カフェ等に生まれ変わっている。それらが今や重要な観光資源となっている。
新規追加された建物も、コロナ禍の中でリノベーションされたものが多く含まれている。
この建築ストックの構造も多彩で、木造・鉄筋コンクリート造・組積造とある。日本統治時代からのものだと築100年を超える建物も多くあり、それらの耐用年数はどうなっているのか、補修方法はどうしているのか、建築病理学的・工学的関心は尽きない。
台湾の一般市民が暮らしている建物は、伝統的な建物は壁を組積造、現代的な建物は鉄筋コンクリート造で、屋根構造は木造の架構というのが多い様で、その建築ストックは膨大だと聞きました。
観光で数日行くのではなく、台湾にじっくり腰を落ち着けて、この本の建物を訪れたいと思う。ネット環境さえあれば1ヶ月ぐらいは行っていても仕事に差し支えないかな・・・。
隅々まで良く手入れされた庭に見えた
背景は御幸の間
四百年前ほどに建てられた滋賀県甲賀郡の建築物を移築
この囲炉裏を用いて板場さんが料理をしてくれるそうです
人気のある部屋だと聞きました
昭和25年築、堀口捨巳の作品
表千家の残月亭の写しとして名高い部屋
明治半ばに建てられた材木商時代の代表的な部屋
腰部分が無双になっている
照明器具は現代のもの
名古屋市昭和区にある八勝館の見学会があり参加してきました
明治十年代に材木商が別荘として建てた屋敷を購入され大正14年に旅館業を始め、時代の移り変わりの中で、現在の料亭になったそうです。
玄関へのアプローチ部分
2020年(令和2年)、堀口捨巳さんが設計された御幸の間棟ほか8棟と庭を含むほぼ全域が国の重要文化財に登録されています。
名古屋市東区橦木(しゅもく)町にある「文化のみち橦木館」
陶磁器商・井元為三郎が大正末期から昭和初期に建てた邸宅
現在、名古屋市有形文化財、景観重要建造物
名古屋にも戦災で焼けなかった近代建築が残っているのを始めた知った
2階展示室
「青木茂リファインニング建築展」が7/26~8/6まで開催されているのを知ったので、ここに寄ってみた。模型と説明パネルの静かな建築展。
庭園
玄関
道路(西)側のバルコニー
パルコニーもこのぐらい奥行きがあると日影が出来る
この時期、暑くてバルコニーにも出たくないけど
2階ロビーの家具
端材を組み合わせたようなテーブル
廃材を利用した丸テーブルの天板
ドアを開けるなり、木の豊潤な香りに包まれました。
空間が良い香りに包まれると何とも幸せな気持ちになります
聞くところによると吉野杉を天井に使っているそうです
エントランスは2層吹抜けとなっています
エントランス正面の階段
2階から1階エントランス
1階エントランス
2021年9月に改修工事が終わった浅沼組名古屋支店を見てきました。
築30年のガラスカーテンウォールの道路面(西側)のファサードを2.5mセットバックしてベランダ空間を作っています。木の柱列は、構造材ではないようで取り外しが出来るそうです。
案の定、西側の植栽は一部枯れているように見えました。植栽の維持管理は中々難しそうです。
この淺沼組名古屋支店改修PJは、第1回 SDGs建築賞の大規模建築部門において「一般財団法人住宅・建築 SDGs 推進センター理事長賞」を受賞しています。
デザインは新古典主義を彷彿させます。
「新しい朝が来た 希望の朝だ/喜びに胸を開け 大空あおげ/ラジオの声に 健(すこ)やかな胸を/この香る風に 開けよ」
朝6時半に始まるラジオ体操の歌を聞くと、毎日が「希望の朝」なら本当に良いのにと思う。
8月1日の午前中は激しい雷とスコールのような雨で始まった。
おかげで夕方は風が涼しい。
ラジオ体操をしてJR一区間往復の散歩をしてくると一日の体調が良い。ちょっとしたスポーツジムに行くより効果的かも知れない。
このラジオ体操、自主的に集まってくるようだが多い時には100人ほど、周りの住宅地から集まってくる。こんなに爺婆いるんだと思うぐらいだ。
散歩の道すがら、色々な種類の犬達に逢えるのも楽しみだ。
朝6時台でも日差しは強い。自然と日影を歩くようになる。街には日影も大事なんだと実感する今日この頃。
明日は名古屋日帰り出張。
建築ストックのリユース(再利用)というと、制約が多くて自由な発想が妨げられるように思うかもしれないけれど、制約があるからこそ豊かさや想像力が高まることもあり、建物の質が下がるわけではない。
「新築は創造的だが、再利用は妥協だ」という考え方もあるが、イノベーションの意味は、必ずしも新しいものを創造する事ではなく、既存のリソースに新しいやり方で取り組むことでもあるはずだ。
この本では、世界の35の事例が紹介されている。こうした事例は、現実に取り組んでいるリュース・プロジェクトのヒントを探すときに参考になる。
今 現実のプロジェクトで試行錯誤しているのは壁面と屋上の「被膜」。
被膜とは、裸の躯体に「衣服を着せる」「覆う」事。もろい砂岩・石灰岩・レンガなどの躯体を花崗岩で覆って強度・対候性を高め、白大理石で覆ってより美化し、表現の幅を広げ丹精さ・壮麗さをだすことは古代から実践されてきた。それを19世紀前半にゴットフリート・ゼムバーが言語化・理論化した。
被膜は内と外との空間境界でもある。
たしか川向正人さんがゼムバーの研究書を出してたはずだなと思い。回り道だが「被膜」について勉強してみたいと思った。
しばらくぶりに工事監理中の現場へ、今月二度目
ALCの界壁や一部外壁が終わっていた
フロントサッシが取りついていた
しかし この現場、抜き打ちで行くと職人さんや現場監督と出会わない
少しずつ工事は進んでいるようだから、まあいいか。
それにしても暑い。
出来るだけ日中は外出しないようにしているから、身体が適応できないのかもしれない。
たまたま岐阜の山間部の知人にショートメールしたら、「朝夕は布団をかけないと風邪をひいてしまいます(笑)」と返信があった。本当に避暑に行きたい。
8月も前半と後半に出張が入った。出張すると調査+打合せ+視察+遊びと予定を詰め込む癖があるが、今年はバテルかも知れない。
「懐石 近又」は、京都の典型的な町屋造りで2001年に国の登録有形文化財に指定されています。建物自体は明治20年代と聞きました。
庭
階段
座敷は七室、そして坪庭と、裏庭があります。京のど真ん中に残った町家で、和の世界満載の建物です。和の心、「わび」「さび」の世界を楽しめる空間です。
錦小路に近い、京のど真ん中にありますが思いのほか静かです。そしてとても便利な立地にあります。
トイレ脇の照明
コロナ前までは宿泊も出来る「京町屋オーベルジュ」でしたが、現在は宿泊は休止しているそうです。コロナ禍で宿泊者がなかったことで槙の浴槽が使えなくなった事と、人手不足もあるとの事でした。
建物を見せていただいたあと、御主人とおかみさんが見送ってくれました。
「祇園祭の宵山見ていかれないんですか」
「混むから早々に帰ります」
と観光客で混雑してきていた京を後にして東京に戻りました。
高松での打合せ・調査を経て、翌日岡山で打合せ。帰路京都に途中下車して上賀茂神社に御参りしました。
この日、ラッキーだったのは神馬の出社日だった事。毎月1日が出社日だが7月だけは15日ということで、毎年上賀茂神社に御参りしているが、始めて神馬にあうことが出来た。
神馬に人参をあげてきました
本殿
四国村をさらつと見て、四国村カフェでお茶。
石畳みの坂道は、年寄りには結構きつかった。学生時代に来たときには辛いとは思わなかったが、今回は結構膝に来た。安藤忠雄さんの美術館は閉鎖していたし、おやねさんの2階ギャラリーは見忘れた。この後高松市街に戻り仕事の関係者との打合せ、夜は関係者との会食、翌日は終日調査。
四国村カフェ
店内
最近は、土日にみっちりディスクワークをする自営業者ならではの「働き方改革」をしている他、夜8時過ぎには寝て深夜に起き出し、朝6時に散歩して6時半にラジオ体操。シャワーを浴びて朝食という生活パータン。このところ平日の日中に打合せや現場と外出が続いたり出張や夜遅くまで用事が続き、暑さもあり少しお疲れだった。
そこで1日、本を読んでゴロゴロする休暇を取った。
本屋で選んだのは、現在映画封切り中の浅田次郎さんの「大名倒産」
幕末の3万石の小藩が、歳入を超える歳出を続け、累積赤字は返済不能。負債を作った親の世代は逃げ切りを図り、ロスジェネ世代が苦労するという物語。時代小説でありながら企業小説としても読め為になった。
「領地経営の骨は、まずは節倹。次に四公六民の収税の正確な実行。加うるに殖産興業」要するに無駄遣いをせず、年貢はきちんと取り、特産物を増やすという基本につきる。これは現代の企業経営に通じており、固定経費を減らし、売掛金はきちんと回収し、新しい事業分野を拡大すると言ったことになるのだろうか。
巻末で浅田次郎さんと磯田道史さんの対談が掲載されている。その中で磯田さんが
「労働力の質では世界最高なのに、労働生産性は先進国中でかなり低い」「おそらくは江戸時代の参勤交代と同じように、高い質の労働力を生産的でない活動に向けているに違いない」。サラリーマン時代、仕事のための仕事がいかに多いか、その為の時間消費にうんざりしていた。
モンゴル帝国に使えた官僚・邪律楚材(やりつそざい)の言葉が紹介されている。
「一事を生ずるは一事を省くにしかず」新しい仕事を加えるより、無駄になっている仕事を省け。
「後進国となりかけている この国をどうやって立ち直させるか」そんなことまで考えてしまう本だった。
染が滝
彫刻家・流政之(ながれまさゆき) が設計した、幅12mの石と水による芸術作品
丸亀藩御用蔵
主に米を貯蔵していた御用蔵
現在は、インフォメーションセンター
壁は漆喰塗りの仕上げで、腰部分はなまこ壁。
かずら橋
徳島県祖谷地方のものを再現(4年に一度架け替え)という
私は重量級なので橋を渡るのはためらった
小豆島農村歌舞伎舞台
野外劇場
7月19日、調査を手伝ってもらったり設計をサポートしてもらっている人達と納涼懇親会を行いました。場所はもんじゃの聖地・月島のいろは本店。
内部は、こんな感じ。誰もまだ来ていない18時前の店内。19時ぐらいには満席になったがフロアー1人、厨房1人の2人だけで回していた。
私は、もんじゃはあまり食べたことが無いので、作り手ではなく、もっぱら食べる側
色々なトッピングしたものを食べました。あっという間に2時間半が経ち解散。さながら女子会のようでもありましたが、年に一二度は集まり食事をするのは楽しいものです。
月島・もんじゅストリートのもんじゃ屋さん。これだけの数の店舗があって生業になっている事に驚き。