九頭竜の森休憩所(旧箱根樹木園休憩所) -1


ザ・プリンス箱根芦ノ湖から湖畔を15分程歩くと九頭竜の森の入口になる。

それから九頭竜神社元宮に行く途中に九頭竜の森休憩所の姿が木立の中に見え隠れする。旧名は箱根樹木園休憩所。村野藤吾さん設計の三つの円錐形の茅葺屋根を持つ建物によって構成されている。

1971年に竣工した建物だ。

現在名、ザ・プリンス箱根芦ノ湖が完成する7年前の事だ。

この休憩所は、現在は使用されていない。かってここには神山ロッジ・コテージがあった。それらの建物も現在は朽ち果てつつある。

休憩所の近くまで行ってみた。

あまりの惨状に声も出なかった。

屋根の茅葺が朽ちて、鉄骨の下地が剥き出しになり屋根に大きく穴が開いでいる。

哀しいな。

村野藤吾さんの作品が使われることもなく、

朽ち果てていくのを見るのは。

この休憩所もコテージやロッジも修理すれば

 まだまだ生き返らせることができると思うのだが・・・

ザ・プリンス 箱根芦ノ湖 -2

開業当時に訪れたときは、まだホテル本体しかなく、回りの樹木も小さかったように記憶している。

夏の芦ノ湖は、あまり晴れることがなく このように靄がかかっていることが多い。

宿泊棟である西棟と東棟を結ぶ通路の部分

40年をかけ、建築がしつかり風景に溶け込んでいる。

ザ・プリンス 箱根芦ノ湖 -1

ザ・プリンス箱根芦ノ湖

村野藤吾さんの最晩年の作品

今年、開業40周年だそうだ。

ロビー

40年前、昭和53年にこのホテルが開業したその1年後にここを訪れている。

丁度結婚する1年前で、先輩の家族らと箱根を訪れ、彫刻の森美術館やこのプリンスホテルを訪れた。それからだから39年振りに訪れたことになる。先輩の赤いゴルフが箱根の坂を登るのに悲鳴をあげていたのが記憶に残っている。あの頃の、みな若かりし映像が蘇ってきた。

ロビーの床のカーペットは 張り替えられたそうだが、インド砂岩の塗りこめられた壁。木の練り付け板の天井は変わっていなかった。

葉山カレッジ -1

高千穂シラスさんの環境共生住宅・葉山カレッジを見学してきました。

設計は、木曽三岳奥村設計室。奥村先生の最晩年の仕事です。

白洲土タタキ

初期降雨貯留槽

手前はビオトープ

築20年と聞きましたが、シラスそとん壁の状態はとても良好でした。

ホテル ニューグランド クラシック -1

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横浜・山下公園前のホテル ニューグランド クラシック

朝 8時頃に撮影

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正面玄関

現在は、右脇にできた新館にフロント部門が移動しているから旧正面玄関と言うべきだろうか。

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旧正面玄関上部

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接地部分のディテール

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横浜港大さん橋国際客船ターミナル -1

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【建物データー】

所在地: 神奈川県横浜市中区海岸通1-1
設計: Farshid Meussavi + Alejandro Zaera Polo / foa
構造設計: 構造設計集団<SDG>
設備設計: 森村設計
施工: 清水・東亜建設工業・東亜建設産業・日本鋼管工事・松尾JV
鹿島・フジタ・相鉄・工藤JV
戸田・東急・山岸・駿河JV
構造: 鉄骨造・一部コンクリート造、折版構造+ガーダー構造
規模: 地上2階
延床面積 34,732m2
建築面積 27,270m2
総工費: 234億円
竣工: 2002/11

原鉄道模型博物館

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以前から行って見たかった横浜駅東口の原鉄道模型博物館に行った。

館内は撮影禁止なので その周辺部のみ記録にとどめておく

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このエスカレーターをあがると2階の原鉄道模型博物館に入る

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エスカレーターの側壁に描かれた機関車

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1階のモニターに映し出された「いちばんテツモパーク」を走る一番ゲージ鉄道模型とジオラマ。

その精密さ迫力に圧倒される。

鉄道模型も精密であるだけでなく、建物や人物 全てが精密な表現になっているのには驚かされた。

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なんじゃもんじゃカフェ

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横浜市神奈川区三ツ沢にあるツリーハウス・なんじゃもんじゃカフェを見てきた

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これは いつたい建築基準法の道なの? と考えてしまうような細街路が斜面を這い、多くの住宅が建っていて、そんな住宅街の坂道を昇った高台に建っていた。

ツリーハウスに昇れば、確かに眺めは良さそうだ。

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確認申請の許可は取ったの?  と つい聞きたくなるが、皆が楽しんでいる場所なら あまり余計な事は言わないほうがいいのかもしれない。

保健所の検査は受けたようですが・・・

東屋ではなく食堂・喫茶だもの

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土曜日の12時頃に行ったら30人ぐらい並んでいたので中に入るのはやめた。

小原宿本陣・神奈川県指定重要文化財

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甲州古道の相模湖近くにある小原宿本陣は、神奈川県指定重要文化財。

本陣は、江戸時代の参勤交代の時に大名が泊まる宿のこと。この本陣に泊まりきれない家来達は、脇本陣や旅籠に分かれて泊まった。

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甲州道中を利用した藩は、信州の高島藩、高遠藩、飯田藩の大名と甲府勤番の役人。

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門構え

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門脇の銘石

この本陣は、清水家という小原宿の問屋・名主の家が使われた。

神奈川県下で本陣は、東海道・甲州道中で26軒あったとあるが、現在建物が残っているのは、この小原宿だけで貴重な建物になっている。

横浜赤レンガ倉庫1号館・2号館

今や横浜の観光名所である横浜赤レンガ倉庫1号館・2号館は、倉庫→文化商業施設への「用途変更」である。

多くは、まだ十分に使える建物でも、物理的耐用年数が終ったと拙速に判断し取壊す愚を繰返してきた。技術は進化しどんな建物でも、補修・改造によって蘇生することができるのである。

第一級の建築に昇華させ、地域に計り知れない経済効果にもたらした実例である。

平日の午後でも相当の賑わいがある。

竹中工務店のサイトを見ると

http://www.takenaka.co.jp/solution/needs/rebirth/service10/index.html

横浜の歴史的建造物である「横浜赤レンガ倉庫」は横浜の近代化と発展のシンボルとして明治44年(1911年)から大正2年(1913年)にかけて建設された。1994年から建物の保存・活用工事がスタート。関東大震災、第二次世界大戦、戦後の米軍接収・返還等横浜の発展を見守り続けたその勇姿が8年の歳月を経て蘇った。現在、1号館は多目的スペースやホールとして、2号館は31店舗がテナントとして入居する商業施設として賑わいをみせている。建物を保存することのみならず活用することを目的とし、施工にあたっては保存工事と活用工事が段階的に実施された。保存工事では文化財保存の立場から、できるだけ既存のものを活用するとともに、耐震補強工事並びに外壁や屋根の修復工事には高度な建築技術を駆使した。また、活用工事では、歴史的建造物としての雰囲気を活かしながら、現行法に適合した機能的な空間を確保するために様々な工夫をこらした。美を提供しながら建物としての用も満たすことで、歴史的建造物に新しい息吹を吹き込んだ今回の試みは、近代建築を保存し活用した先駆的なケースの1つといえる。

「創建時の図面類がほとんどない状態だったため、基礎や鉄骨の組成等を徹底的に調査。それでも「実際に壊してみないと判らない」というケースが極めて多く、作業の進行には非常に多くの手間と時間を要した」とある。

外壁の赤レンガは「落書きなどのほかにも、八十余年の歳月によるシミ汚れ(カーボン付着)や温度変化に伴う表層の剥離、米軍接収時のペンキ塗布などで外壁はかなり傷んでいた。そのため、風合いを損ねないよう、スキンケアのような洗浄を実施した。」と書いてある。

古い部分に新しい部分が付与されている。

 

■横浜赤レンガ倉庫1号館・2号館:設計・新居千秋都市建築設計

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E8%B5%A4%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%AC%E5%80%89%E5%BA%AB

相模一之宮 寒川神社

10/12 平塚・小田原方面の打合せの為に車で出かける。

前日の大阪出張で疲れていたので複数の打ち合わせをスピーディーに済ますために車で出かけた。

それで仕事の前に立ち寄ったのが相模一之宮・寒川神社

初めて行ったのだが、最近は何処までが仕事で 何処からが遊びなのか境界が不明確になりつつある。

10月になつて出かけることが多く、週末・休祭日にデスクワークをしている。

10月二週目が終わって少々お疲れ・・・

さすがに相模一之宮だけであって 中々の風格

平日の午前中ということもあり、人が少なく そんなこともあってか

境内は、空気がきりりと引き締まっている感じを受けた。

ゴミ一つ無い砂利の庭

無は 空をきりさき 聖域を かたどる

影は 陰を つくる

車で打合せに出かけたのは良いが

帰りが小田原厚木道路・東名ともに大渋滞で夕方には帰ってくるつもりが、海老名で一般道(246号線)で帰宅したので随分遅くなり、かえって疲れが溜まった。