Dキューブ 見学会

 

 昨年2023年9月末に引き渡しが完了した調布市のテナントビル「Dキューブ」の見学会があった。

 建て主が会員になっている一般社団法人 日本不動産経営協会の見学会で、16名が参加された。日本不動産経営協会は、1981年に結成された賃貸不動産経営者の団体で会員数100名余りと聞いた。

 協会の主旨は「JRMA(ジャルマ)=社団法人日本不動産経営協会は賃貸不動産経営者の組織で、相互に情報をギブアンドテイクし、不動産賃貸経営の知識を高め実践していく勉強会です。マンション、アパート、ビル等の賃貸物件を事業的規模で所有し、賃貸経営に係る知識やスキルを磨くといった、賃貸経営に前向きに取組む姿勢のある会員が集まっています。」と書かれている

 見学会の為に簡単な説明資料(A4版7頁)を作成し説明をしてきた。建物概要、建物履歴、Dキューブの選択、技術的問題、検査済証が無い既存建築物のデメリット等を出来るだけクライアントの立場でわかりやすいものと考え作成した。

 1、2階各2区画のテナント入居契約が1月末に全て完了し、1階の南側に既に昨年11月KFCがオープンしている。これから残りの3区画の内装工事が始まる。

  見学会の後、飲食店を借切った懇親会にも参加して交流してきた。参加者の多くはレジデンスのオーナーのようだったが、「すごく勉強になった」「刺激になった」「検査済取れるのがすごい」「頂いた資料を見返して、調べて勉強します」等の感想をいただいた。

 

 

「BCJ技術セミナー 設備設計シリーズ 空調設備編」-2

日本建築センターの「技術セミナー 設備設計シリーズ 空調設備編」2日目をWEB受講した。

 セミナーの第2日目は「空調負荷計算」「個別分散空調システムの設計」「エルルギー消費性能の評価」だった。

「空調負荷計算」では、空気調和・衛生工学会の熱負荷計算ツールであるHASPEEを利用したことがなかったので今後役に立ちそうだ。

「個別分散空調システムの設計」では、全熱交換機・外気処理機を設置すれば空調負荷が軽減される事。室外機の能力ダウンにつながる事。さらに直膨コイル付き全熱交換ユニット又は調湿外気処理機を設置すれば、外気負荷はほぼ100%処理可能となることを知ったのは、新しい知見だった。

「エネルギー消費性能の評価」は、標準入力法の解説で、これは既知の分野だったが、「標準入力法と空調設備パターン別入力方法早わかり講習テキスト」は、実務に役立つテキストだ。

 BEIの算定も、同一建物の条件で「全熱交換器なし」「全熱交換器あり」「外皮性能向上+全熱交器あり」の3ケースで比較した演習で、その違いがわかり為になった。

 2000㎡以上の大規模建築物の省エネ基準は、今年2024年4月から「0.8程度」に引き上げられる。(詳細は下記、建物用途によって基準値は異なる)

又ZEB対応も増える事から、モデル建物法から標準入力法の利用が増える事が予想されている。

 2日間の空調設備のセミナーは、今後の実務に役立つ内容だった。

「土に贖う」河崎秋子著

 2020年第39回新田次郎文学賞を受賞した河崎秋子氏の「土に贖う」(つちにあがなう)を読んだ。今、河崎秋子氏の小説を続けて読んでいる。

この本を読んで、つくづく生まれ故郷の北海道の事を知らなかったなぁ~と思った。

 北海道の厳しい自然環境の下で近代に栄えた産業や職業。具体的には養蚕、ミンクの飼育と毛皮、海鳥の羽根、馬、ハッカ草、煉瓦等を題材に、それらの消長を通して、人が今日生存する意味を問いかける短編集となっている。

 表題作の「土に贖う」は、戦後急速に需要が伸びた煉瓦の生産現場を舞台にしている。便利さと効率を追求し続けた近代以降の社会は、人間を豊かにした反面、生産にノルマが課され、労働者は徹底的に管理されてゆく。本当に「豊かに」なったのかということは疑問に思っているが、それは又別の機会があれば書いておきたいと思う。

 「皆が皆、同じ動きを繰り返して綺麗な直方体になるよう」土から成型されるレンガを近代労働者のメタファーにして「少しの歪みや割れが生じれば、正規品からいとも簡単に外される。不要とされ、捨てられ、顧みられることはない」レンガ同様に、それを作る人間も容易に使いつぶされる。

 先日、集まりの中で、現代は職人技術が急速に失われて行っていると言う事が話題になった。建築、印刷、自動車等。異業種の集まりだったので盛り上がった。ちゃんと食べていけて家族を養っていける職種ならば、息子や娘に継がせることはできるだろうが、食べていけないと予測できるから、職人は自分たちとは違った将来を自分の子供達に望むのではないのかと・・・。

 それにしても河崎秋子氏のリアリティある描写は圧巻であり、現実の厳しさを再現しながら、それらに打ち勝つ力のようなものを読者に蘇(よみがえ)させる。

「BCJ技術セミナー 設備設計シリーズ 空調設備編」-1

 日本建築センターの「技術セミナー 設備設計シリーズ 空調設備編」をWEB受講した。

 セミナー2日間の第1日目は「空調設備設計の進め方」「空調機と湿り空気線図の利用」「空気搬送設備の設計」「水搬送設備の設計」だった。

 暗記重視の資格試験的セミナーではなく、実務に役立たせるセミナーだったので、とても興味深く、かつ面白かった。

 セミナーで対象としている建物が大規模なものや高層建物を対象としていた。延床面積10,000㎡を超えるような大規模な建物に関わった経験が少ないので、新鮮な知見が多かった。

 とりわけ「湿り空気線図」は、学生時代に「建築環境工学」で学んで以来のような気がして、あの頃はさっぱりわからなかったという記憶が蘇ってきた。空気線図は空調設計の基本であり、これを理解することで様々な空調設計の問題を検討可能になると指摘された。

 実務上は、中間期に冷房負荷が少ないが、梅雨で湿度が高くなるので除湿をしたい場合。湿気のある部屋の外壁が冷えて結露が発生することを予測する時。電算センターをパッケージで冷房したいが、顕熱の処理能力は足りているか検討する時等に再度空気線図に立ち戻り検討する必要があるそうだ。

 空気搬送設備も最近の省エネやZEBに対応で厳密な設計で動力や消費電力を算定する必要が増加しているという指摘があった。実際BEIの算定の中で空調と照明の占める割合は多い。

 水搬送設備における空調配管系の圧力線図も興味深かった。高さ60mを超えるような建物でないと、圧力線図は使用しないのでないかと思われるが、これは使ったことがなかったので新鮮だった。

 第2日目のWEBセミナーは来週。

 頭の中が設備脳になっている。

アネックス方式

 アネックスとは付録、別館、離れといった意味だが、経営の分野では「分社」として使われる事がある。

 この間「軍師たちの日本史」半藤一利×磯田道史対談を読んでて、この別会社・分社方式で思い出したことがあった。

 イタリアのボローニャにティーバックと薬品の充填包装システム機械で世界一と言われているIMA社(Industria Macchine Automattiche)がある。

 現在 IMA LIFE JAPANという会社が江東区にある。日本語名「イマ」社。その企業案内には、「イマ・ライフ・ジャパン株式会社は、世界的な包装/プロセス機器メーカーであるイタリアのIMA社の唯一の日本法人として、2008年に発足致しました。なおその前身は、英国の工業用ガスの会社であるBOCグループの一員であったエドワーズ株式会社の医薬品事業部であり、凍結乾燥装置を数十年に渡り取り扱ってまいりました。

 IMA社は、様々な分野でその事業を展開しておりますが、医薬品関連事業部門(IMA Pharma)に属して無菌製剤製造装置を担当するIMA LIFE部門の下で、当社は主として日本の医薬品業界に向けて、各国の工場で製造された機器類の、販売/保守/各種技術支援等を行っております。」と書かれている。

IMA LIFE JAPAN

この会社は1924年に設立されたACMAという包装機械のメーカーが母会社。ACMAはチョコレートの自動包装機を開発した会社。

 ロマニョーリという若者が1961年にACMAから独立してIMAを設立した。

 ここで大切なことは母会社の技術を持ち出すことは許されるが母会社と同じものを作ってはいけないそうだ。創業者は自動ティーバック包装システムを開発し、続いて自動薬品充填システムを完成させ世界市場を制覇したとある。

 このティーバックの止める部分、初期はホツチキス止めだったものをIMA社が伊藤園のティーバック包装機械を受注したとき糸で縫う方式に改良し、それがまたティーバック包装機械の更なるヒットに繋がったと聞く。

 この母会社ACMAから分社化した会社が50社以上あり、この包装機械のネットワークの部品を供給する300社以上が取り巻きボローニャに「パッケージバレー」を形成している。

 かれこれ30年以上も前だが、イタリアのミラノ、コモ、モデナ、ボローニャ、ローマを旅行した事がある。その時、イタリアは職人の街だ。スリも泥棒も職人だからといわれた事を思い出した。ようするにテクニックが上手ということ。

 若い時 養鶏場の設計にかかわったことがあり、プラントシステムの図面がイタリア語とかスペイン語とかあり、精密機械はヨーロッパが優秀と聞いた覚えがある。

 イタリアには多くの車メーカーがある。フィアット(FIAT)/アルファロメオ (Alfa Romeo)/ランチア(Lancia)/マセラティ(MASERATI)/アバルト(ABARTH)/フェラーリ(Ferrari)/ランボルギーニ(Lamborghini、フォルクスワーゲングループ傘下)/パガーニ・アウトモビリ (Pagani Automobili)/マイクロ・VETT(MICRO-VETT)/ピアッジオ(Piaggio)

 日本だけが技術が優秀という事ではない。

 日本の企業は、経路依存性が強いから分社化というのは、ひとつの選択肢なのだろうと思う。 

設備設計一級建築士・定期講習2023

3年ぶりの設備設計一級建築士の定期講習

今回も確認サービスで受講だが、講習も試験もWEBを選択した

テキストを1日で下読みして、WEB講習が5時間あまり

そして今日、WEBで終了考査が終わった

これで設備バージョンアップ・イヤーのファーストステップが終了

空調換気・給排水衛生・電気・建築設備一般と

次のステップが目白押し

新しい知見を得るとハイになる

エクスタシーとまではいかないが、この高揚感はなんだろう

ワンオブゼムの神から天皇の氏神へ・・・伊勢神宮

 

 ずっとよくわからない事があった。八百万の神々がいる中で何故、伊勢神宮が天皇の氏神となったのか。

 歴史を遡ること壬申の乱(672年)。天皇家内部の争いがあった。

 関ヶ原のあたりで大友皇子軍と大海人皇子軍が衝突した。

 戦いの中、突然疾風が大海人皇子軍の後ろから吹き、矢は長く勢いよく飛び、逆に大友皇子軍のほうの矢は風に押されて途中でバタバタ落ちてしまう。大友皇子軍は一気に押しまくられて負けた。

 以来、大海人皇子軍を助けたその風は、伊勢の方から吹いた風であるというので「神風」と呼ばれるようになる。

 そこで伊勢神宮が浮上する。

 伊勢神宮が天皇家の氏神になるのは壬申の乱が契機。

 大海人皇子はこのあと天武天皇となって皇位につく。美濃と伊勢の豪族を連れて勝利したこともあり、それから恐らく日本で始めて集権的な政府をつくっていく。

 そしてワンオブゼム、八百万の神々のひとつでしかなかつた伊勢神宮が、天武・持統という夫婦の天皇の時代に氏神化されていった。

 各地に元伊勢(もといせ)がある。現在の三重県伊勢市に鎮座する伊勢神宮が、現在地へ遷る以前に一時的にせよ祀られたという伝承を持つ神社・場所で伝承地の真偽のほどについては不明であるが、20社から60社ぐらいある。

 「伊勢神宮内宮の祭神・天照大御神は皇祖神であり、第10代崇神天皇の時代までは天皇と「同床共殿」であったと伝えられる。すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した天皇が皇女・豊鋤入姫命にその神霊を託して倭国笠縫邑磯城の厳橿の本に「磯堅城の神籬」を立てたことに始まり、さらに理想的な鎮座地を求めて各地を転々とし、第11代垂仁天皇の第四皇女・倭姫命がこれを引き継いで、およそ90年をかけて現在地に遷座したとされる」

 元伊勢を巡ってみたいという衝動が・・・

伊豆栄 梅川亭

日曜日、法事の為 上野公園の「伊豆栄 梅川亭」に出かけた

暖かい陽ざしでコートを脱いだ

4年前の2月29日に犬の散歩中に突然死した縁戚

同い年だった

酒飲みだったがアウトドア派で持病はないと言っていた

コロナパンデミックが日本中を席巻する始まりの頃

4年に一回しか日命日がないけど、忘れない命日

玄関ホールの飾りびな

2階の宴席から不忍の池、左は上野精養軒

宴席

「お~い。あなたのたった一人の孫娘。大きく育って お嬢ちゃんになって来たぞ」

「軍師たちの日本史」半藤一利×磯田道史

時代が不安なときこそ、歴史に学べ

「組織のリーダーになる人は数限られているけれど、リーダーを補佐し策を練り実行する役割は、多くの人が担わざるを得ない」

 歴史を振り返るとリーダーだけが時代をつくるのではない。豊臣秀吉も東郷平八郎も、黒田官兵衛とか秋山真之という軍師・参謀がいなければ勝ち残れなかった。

 組織を生き抜いた軍師・参謀から、組織の中で生きざるを得ない多くの人が学ぶべきことは多い。

 この半藤一利さんと磯田道史さんの対談本は、2014年5月初版で、私が書店で購入したのは2023年12月の第5刷とある。10年前の対談だが全然色あせていない。私なりに参考になった語句を下記に書いてみた。

 「軍師・参謀に備えたい智力のひとつは、願望と現実を見極められる能力なのです。これは単なる願望か、現実化し得るものなのかを。」

 「参謀にあっては困る能力・・・カリスマ性、自己顕示欲が強い人」

 「反実仮想力・・・将来予測。将来の「iF」を考えて予測し対策を施す能力」まずは起き得る事態を並べて思いつくことが重要で、思いついたとしたら、つぎにそうなったらどうするか、その対策案をだせること。さらにそれを実行できるかどうか。

 「実事求是・・・相手がどんなものの考え方をするか、相手の脳内や心のなかまで見尽くして、知り尽くして上で立ち向かう。」リアリズムの感覚を研ぎ澄ますことがいかに大事か、期待可能性にかけるのではなく、常にリアリスティックに考え、正しい判断をくだす。

 「査定力・・・誰がキーマンなのか見抜けないで失敗することがあるが、すぐれた軍師には正しい査定力がある。」ラベルを信じない事。過去の発信なり書き物に遡るという方法

 「アネックス方式・・・成功率の高い改革法・舞台骨はそのままに別館を建てよ」日本人は経路依存性がとりわけ強い。

 「度胸と胆力・・・人間社会には、自然の法則のように必ずしも正しい答えがあるわけではない。しかも「理外の理」が起きてくる。だから度胸で判断を下すしかないことが、どうしたってあるが、そのとき少ない情報で判断しない事

 「参謀に必要な能力・・・時代に流されぬ知識・発想力・洞察力」

とても勉強になった

事務所からと池袋の風景

東京事務所のベランダから眺めたブリリアタワー池袋・下層階は豊島区役所

トウタテのオベリスクか、はたまた池袋の墓標かと揶揄されている

今日は、東京事務所で執務

JR池袋までIKE BUSに乗った

乗車賃は200円

このバス、朝とか夜は運航していない。昼間もまばら運航

運行時間もまばら、乗客もまばら、役に立っているのだろうか。

建築物省エネ法・大幅改正のスケジュール

 改正建築物省エネ法(令和4年6月17日公布)により、2027年(令和7年)4月(予定)から、「全ての新築建築物」に「省エネ基準への適合」が義務付けられ、また、4号特例の見直しにより、木造建築物に係る構造規定等の審査・検査が省略される規模が大幅に縮小する。

 また、2026年(令和6年)1月以降に建築確認を受けた新築住宅について、「住宅ローン減税」を受けるためには、原則として「省エネ基準への適合」が要件となる。

 このような大幅な制度改正に対応するため、省エネ計算に不慣れな方や、4号特例の見直しに伴う構造関係資料等の作成へ不安を抱える設計者は多い。

 この改正により、省エネ基準適合義務となる建築物の棟数は、改正前の14,000棟から改正後は445,000棟と約32倍に審査件数が増加する。木造住宅等は仕様基準に基づいて省エネ設計されるものもあるので、一定量減ずるものと思われるが、それにしても大幅な業務量の増加になるだろう。

 住宅性能評価・表示協会が発表している「省エネ適合性判定に係る審査実績」を見ていると、日本ERIが全体の25%程度、ビューロベリタスジャパンが全体の約10%程度の審査実績となっている。審査実績のすくない機関は実質的な省エネ審査担当者が少なく、審査経験が蓄積されない傾向があるので、省エネ適判機関の選定は注意する必要がある。

 弊社が省エネサポートをしている経験からも、省エネ担当者が一人しかいないため省エネ適判も確認申請もワンストップだというわりには事前受付審査期間が長時間だったり、省エネ審査を実質担当している補助員が、建築士無資格者であった為、質疑が頓珍漢であったこともある。質疑ぐらい省エネ適判員が確認してから送るべきだ。現状でも問題が噴出している現場が対応できるのだろうか

 又、現在の省エネ適合判定では、モデル建物法による計算が主流だが、今後の省エネ適合基準引き上げやZEB対応に伴い標準入力法を用いるケースが増えるだろうと予想されている。

 ただでさえ設備設計者・環境設計者の人材が少ない建築業界。どうなるかな。


【今後の規制強化の予定(非住宅)】

2024年 : 大規模建築物に係る省エネ基準の引き上げ BEI=0.8程度

2025年 : 小規模建築物の省エネ基準への適合義務化

2026年 : 中規模建築物に係る省エネ基準の引き上げ BEI=0.8程度

遅くとも2030年 : 中大規模建築物について誘導基準への適合率が8割超えた時点で、省エネ基準をZEB基準(用途に応じてBEI=0.6又は0.7)に引き上げ、小規模建築物についてBEI=0.8程度に引き上げ・適合義務付け。あわせて2022年に引き上げた誘導基準の更なる引き上げ

以上が予定されている。

 

「落語がつくる〈江戸東京〉」田中優子編

 「江戸」当時世界最大の都市でありながら循環型で、持続可能な内発的発展を実現したとして都市として再評価されている。

 この本の問題意識の発端は、「落語における長屋や様々な場所と人間関係が『事実そのまま』ではなく、江戸自体の現実を要素としながらも、その後の時代に物語としてつくり上げられてきたのではないか」というところにある。

 田中優子氏は『長屋という思想』の中で、長屋は「厄介者や粗忽者や文字の読み書きができない人や無職やその日暮らしの職人が堂々と生きている社会」であり、そういう場所は近代の勝ち負けと立身出世と高度経済成長を価値とする社会から否定されたが長屋は「社会とは異なる価値の物語が生まれる場所」として生き延びた。それこそが落語の長屋であると書いている。

 陣内秀信氏は『都市空間の中の長屋⁻江戸東京とヴェネツィア』の中で、とりわけ「路地」と「共同井戸」に注目し「コモンズとしての集合的な空間」を描き出し、「家に住むより、むしろ街に住む」という感覚を指摘している。

 日本でアパートメント・ハウスが登場するのは、大正から昭和の始めにかけてで、その頃、上下に異なる家族が重なって住む欧米式の住み方が定着したと言われている。

 実際、上下に異なる家族が住む集合住宅に暮らしてみるとコミュニティ-が中々とれない。挨拶程度はするが、自治会もない。

 戸建ての時と違って町会もないし、神社のお祭り、火の用心の巡回もない。戸建てで薔薇を育てていた時は手入れをしていると近所の人に声をかけられて色々な話題に発展した。単身者になると集合住宅は孤独だろうなと思う。それゆえに「落語の長屋」に憧れるのかもしれない。

 

 法政大学江戸東京研究センターなるものがあることを、この本で始めて知った。又、初代センター長が陣内秀信先生であったことも知った。

 江戸東京研究センターが目指しているのは「さまざまな対象を人間(社会)と空間の両方から解き明かす、いわば文系と理系が協同するための研究」とある。

 総合大学のメリットを生かしている。

 バブル経済以降の再開発の事例にはパターン化した画一性を強く感じる。というか、ただの「寄せ集め」(「都市を癒す術」ピエル・ルイジ・チェルヴェッラーティ著)

イタリアの都市計画家ピエル・ルイジ・チェルヴェッラーティ氏は、その著書「都市を癒す術」で「私たちのいる場所は、すでに都市と呼べるものではなくなり、ただの『寄せ集め』となっている。土地の記憶を呼び覚まし、その姿を回復する術(すべ)を取り戻す。都市は、そのとき癒される・・・」と書いている。

 その画一性、寄せ集めと感じる理由の一つに、地域独自の社会と空間におけるディテールの読み込みの欠落があるのは明らかだが、近年、社会と空間のディテールを充実させる都市再生の新たな動きが目を引く。その場で働き暮らす人々が身の回りの空間形成へ主体的に関与しうる空間デザインの手法が磨かれつつある。また、空間を使いこなしそこを自分たちの居場所として再生していく活動も広まりつつある。

会話型心理ゲーム・人狼

三連休、孫娘二人が泊まりに来た

会話型心理ゲーム・人狼というカードゲームに参加させられた

ゲーム参加者6人皆家族だったので すぐ誰が人狼かわかりやすく

ゲーム上一晩で終わる事も多かった。

こりゃ他人も入れて 沢山の人数でやった方が楽しそうだと言う事になったが

それでも孫娘たちは、楽しいらしく何度もやろうという。

司会も交替性。ゲームをするとそれぞれの性格が良くわかる

昔は「爺ちゃん」と、まとわりついてきた孫娘も、今や小学生になり時々「じじい」。言い直して「じじりん」という反抗期。触ると「ギャー」と騒がれる。

【覚書】別棟解釈

建築基準法では、

・総則規定(確認申請・完了検査の手続き)は、敷地単位

・単体規定(防火、避難、構造等の規定)は、棟単位

・集団規定(高さ制限、用途地域等の規定)は、敷地単位

で法規制を準用することになつており、防火・避難・構造等の単体規定においては、原則として適用単位は棟単位であり、棟の部分ごとに法適用が異ならない。

【別棟解釈】

ただし、例外的な取扱いとして次の規定があり、同一棟であっても別棟として解釈することになっている。

〈構造別棟〉(法第20条第2項、令第36条の4)

建築物の2以上の部分が、エキスパンションジョイント等の相互に応力を伝えない構造方法のみで接している場合には、法第20条の構造規定の適用にあたっては、それぞれ別の建築物とみなす。(法第20条「構造規定」のみの解釈であり、他の規定では別棟にならない。)

〈避難別棟〉(政令第5章第2節、令第117条第2項)

建築物が開口部の無い耐火構造の床又は壁で区画されている場合は、それぞれ別の建築物とみなす。(政令第5章第2節「避難施設」のみの解釈であり、他の規定では別棟にならない。)

〈排煙別棟〉(政令第5章第3節、令第126条の2第2項)

建築物が準耐火構造の床若しくは壁又は防火設備(遮煙・常閉等)で区画されている等の場合は、それぞれ別の建築物とみなす。(政令第5章第3節「排煙設備」のみの解釈であり、他の規定では別棟にならない。)

〈防火別棟〉(法第21条、第26条、第27条、第61条)

「建築物省エネ法等の改正法」交付(令和4年6月17日)の法第21条、第26条、第27条、第61条の改正により、政令・告示で定める区画等をすることで、防火規定上それぞれ別の建築物とみなすことができるようななった。(政令未定)

炬燵居酒屋

珍しく美人女将(妻)に誘われて炬燵居酒屋

市販品のおでんと女将手作りのお握り1個

おでんと数の子明太子を肴に

田酒の熱燗・盃2杯

最近は、お腹が空いたら食事をするようにして、朝食と昼食はたっぷり食べて、夕食はかなり控えめか抜くことも多い。そのおかげで毎朝お腹が空き、体重も減ってきた。

私は北海道生まれなので炬燵に入る習慣がない。というか通常は女将さんが炬燵を占有している。仕事も大概一緒なので自宅にいるときは、互いのテリトリーは侵さない。

炬燵に入って美人女将の酌で日本酒飲むと、すぐにほろ酔い。

【覚書】農作物栽培高度化施設

 平成30年11月16に施行された改正農地法により、農業委員会へ届け出を行うことで、底面を全面コンクリート張りにした農業用ハウスなどの設置が可能になった。


 農作物栽培高度化施設とは、専ら農作物の栽培の用に供する施設であって農作物の栽培の効率化または高度化を図るためのものとして定義付けられている。

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一般的には、上記写真のような苺とかミニトマト等の高設栽培で床面を全面コンクリートにする施設を示すようだ。

 対象農地の底面を全面コンクリート張りする農業用ハウスが該当する。設けられた基準を満たしており、専ら農作物の用に供されているものと判断された場合に、農地としてみなされるので、農地転用の手続きは不要となり、届出書などで手続きを行う。
 また、農作物栽培高度化施設を設置し利用するに当たり、所有権移転や賃借権設定などが発生する場合は、届け出と併せて農地法第3条の許可申請も必要となる。

【主な基準】
1、専ら農作物の栽培の用に供する施設であること
2、該当する施設の棟高は8メートル、軒高は6メートルを上限とする。また、平屋構造に限る。
3、屋根や壁面を透過性のないもので覆う施設の場合については、周辺農地に2時間以上日影が生じないこと。
4、施設からの排水について、放流水の管理者から同意を得ること。
5、本制度の対象であることを示す標識を設置すること。

【高さに関する基準】

棟高8メートル以内
軒高6メートル以内
また、およそ30センチメートル以下の基礎を施工する場合においては、当該基礎の上部から棟高8メートルおよび軒高6メートル以内とする。

【日影の基準】
新しく施設を設置する場合、春分の日および秋分の日の真太陽時による午前8時から午後4時までの間において2時間以上日影が生じる範囲に周辺農地が含まれていないか確認する。


既存の施設の底面をコンクリート張りする場合は、次を確認してください。

【既存の施設の底面をコンクリートなどで覆う場合の基準】
施設の軒の高さ 敷地境界線から当該施設までの距離
軒高2メートル以内 : 離隔距離 2メートル
軒高2メートル超 3メートル以内 :離隔距離2.5メートル
軒高3メートル超 4メートル以内:離隔距離 3.5メートル
軒高4メートル超 5メートル以内 :離隔距離4メートル
軒高5メートル超 6メートル以内 :離隔距離5メートル


農作物栽培高度化施設(ガラス温室)の配置図と日影図(屋根はガラスだが念のため)を作成して欲しいとの事だった。設計事務所に頼んで綺麗な図面を提出すると農業委員会のうけが良いとの事。

田舎には都会とは違う設計需要があるものだ。農作物栽培高度化施設なるものを始めて知り、届出には場合により日影図が必要ということも知った。

「小さな声からはじまる建築思想」神田順著 

 東京大学名誉教授であり、建築基本法制定準備会会長の神田順先生が2021年2月に出版された本。

 神田先生の「20年くらいの自分思いを、行動にすべく生きてきた記録を、自分の言葉でまとめてみました。果たして「小さな声」を生かすことになっているのか、行動できているのか、これからお話しします。」とある。

 神田先生の生い立ちから学業の変遷を振り返りつつ、影響を受けた図書のことなどを織り交ぜて書かれている。神田順先生は1947年生まれとのことなので、ほぼ同時代を生きた兄貴分といって良いだろう。70年安保の東大闘争の頃、神田先生は現役の学生であり闘いの中にあった。私は北海道の田舎の中学生で毎日東大闘争のテレビに釘付けになっていた。

 このところ建築基本法制定準備会の神田先生の書いた文章を読んでいて、何だかとてもシンパシイーを感じていたが、この本を読んで神田先生が影響を受けた本、参考にしていた図書が、ばっちり自分と重なっている事を知った。

 その中でも神田先生が宇沢弘文先生の「社会的共通資本」の考え方に共鳴されていたことを知ったことは大きい。私は若い時は哲学書が好きで読みふけっていたが、シニアになると経済学や経営学を勉強するようになり、その中でもっとも共鳴したのが宇沢弘文先生の本だった。そして見果てぬ夢となった「三里塚農社」構想があったことを知りショックを受けた。まあその事は長くなるので別の投稿にしょう。

 神田先生の名前は、2003年の建築基本法制定準備会設立の頃から知っていたが、驚きだったのは2019年の大田区長選挙に立候補された事だった。立候補に至る経緯もこの本の中で書かれていて腑に落ちた。

 神田先生は工学・建築構造の研究者として、建築法制を俯瞰し「建築基準法に細かい規定がいっぱいあつて、それを全部クリアすることが本当の設計といえるのだろうか」というのが問題意識の通底にあると書かれているが、それは私も全く同意見。

 私は確認審査機関に勤務して建築基準法・施行令・規則・告示という建築法制の審査する側に身を置き、事務所開設後には、設計者として図書を作成して審査受ける側になるという両方の立場を経験した。その中で建築基準法の規定をクリアすることが本当の設計といえるのか。遵法性と安全性は別物となっていないか。現行法が正しくて改正前の規定が間違ってると言えるのか。ということを常々考えている。

 法律は時代の社会、経済、政治に強く影響を受けている。

1998年の建築基準法の改正は、アメリカからの外圧により性能規定という考え方が取り入れられた。2000年には建築確認業務を民間に開放し、指定確認検査機関が次々と開設され、今や9割ぐらいの確認審査を指定確認検査機関が行っている。この30年近くを振り返ってみると新自由主義に基づく規制緩和の連続だったのではないかと思う。

 昨年から関わっている建物が大型化し、自ずとまちづくりとか広義の環境に関心が向いている。

 建築は人々の生活と一体不可分の関係にあり、広義の環境という枠の中でエンジニアリングも芸術も融合したものでなければならないのだと思う。勿論 事業利益がきちんと出ないと 後々の修繕費も捻出できないので、経済的合理性が重要だということは前提にある。

 この本を読んで、色々な事を考える契機になりました。

「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」太田和彦著

 旅と酒と肴の番組は沢山あるけれど、太田和彦さんのが私は一番好き。

 「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」は、BS11の人気番組だが私はもっぱらYouTubeで見ている。その番組の中から厳選した居酒屋を紹介して2020年9月に出版された本。

 私も全国に出張しているので、時間が取れるときは居酒屋で晩御飯という事が多い。知らない街の知らない居酒屋を訪ねるのは、ちょっとした冒険。

 太田さんの本などを参考にして店を選んだりするが、急に決まった出張のときは店の予約が出来ない事もあるし、連泊になってホテルで調査の準備をしたり、整理をするときなどは余裕があまりなく、適当な食事で済ますことも多く居酒屋には行けない事もある。

 太田和彦さんはアートディレクターだけあって、美的感覚が研ぎ澄まされている。この本では、昼は古き良き街並みや古刹を散策し、夜は地域に根付いた上質な居酒屋を選んで その店のこだわりの料理や銘酒を味わい紹介している。

 私も全国各地に思い出深い居酒屋がある。古いだけではなく居心地が良く、酒と肴が美味しかったところ。

 鳥取の知り合いに紹介され、予約まで入れてもらった米子市の「伊在」。高松市の「食工房 DOII」。渋いところで大垣市の「居酒屋とん平」。始めて田酒に出会った青森市の「UGUISU(うぐいす)」。ホテルで紹介された松本市の「しずか」等々。自分好みの居酒屋に出会終えた時は、ラッキーな気分になる。

 ある調査では中高年になってしたい事の第1位は「国内旅行」とある。海外旅行は、言葉も通じないし、お金の計算は面倒だし、治安は悪いし、一人二人で街歩きもままならない。その点 国内旅行なら心配はいらない。

 旅番組の影響か、中高年夫婦に居酒屋を巡る旅が人気だそうだ。太田和彦さんの紹介してくれる店なら間違いはないが、自分なりに居酒屋を探してみるのも楽しいものです。

 冒険の旅への準備は怠りなくしておこう。

  

「ともぐい」河崎秋子著

第170回直木賞を受賞した河崎秋子さんの「ともぐい」を読んだ。

一言でいうと「すごい」小説だ。

この本を買ったのは、まだ直木賞候補作だったときで、知らない作者だったが内容が面白そうなので購入した。

しばし積読状態だった。

専門書以外で読む本が無くなったので、横浜に移動する電車の中で読もうと読み始めたら引き込まれ、ほぼ一晩で読んだ。

「新たな熊文学の誕生」と帯に書かれているが、動物と自然と人間の「生」の強烈な描写に圧倒される。

熊を狩る猟師 「熊爪」は、獣の如く生き抜き、まぐわい、死を受け入れる。

今日的な「幸せ」なんて、もはや小さい事ではないかと思ってしまう。

身体の芯をえぐられるような連続する死闘と荘厳な命の滴りを描き尽くした傑作。

アクセスデーター 2024年1月

2024年1月のアクセスデーターは、visits一日平均3,437。pages一日平均15,546です。

visits月106,571。pages月481,952でした。

 何だかアクセス数が増えている。それがどうしてかはわからない。SSL化が要因だと思っていたが、それだけでもなさそうだ。

建築士事務所のブログなのだが、建築の事だけ投稿するのではなく、見聞きした事をジャンルを問わず投稿しているからアクセス数が増えているのかも知れない。

X(ツイッター)やフェースブック等のSNSはやっていないし、当然連携もしていない。分散的にならないように、このブログに集中している。

このブログのおかげで年に一二度しか会わない知人でも私の近況を把握していてくれる。

 一日の内で更新にかけれる時間は制約があるので、仕事の空いた時に書き為し予約投稿で、ほぼ毎日投稿しているようにしている。

 文字数の制限のないX(ツイッター)のような感じであるが、このブログでは対話も討論も閉鎖中。

横浜関帝廟

横浜中華街の関帝廟に寄ってみた

昔から元町や中華街には度々来ているのに関帝廟を訪ねるのは始めて

中華街は、平日だというのに観光客で溢れていた。

春節祭の期間との事

「中国において廟は、祖先の霊を祀る場であるが、墓所は別に存在する。その為、仏教における仏壇のような位置づけであるが、仏壇とは違い母屋の中には無く、霊廟専用の別棟がある。祖先を篤く敬う中国では、古代から家中で最も重要な場所とされていた。また、孔子を祀る廟や関羽を祀る廟が各地に多数存在するように祖先の霊だけではなく民衆が敬愛する英雄や古くから信仰される神祇の廟を建立して祀っている事もある。」とある。

「三国志中でも最も有名な武将である「関羽(かんう)」は、信義や義侠心に厚い武将として名高く、『演義』での普浄の逸話などから、人々によって様々な伝承や信仰が産まれ、そして信仰が集まりました。後に王朝によって神格化され、関羽を祀ったホコラが「関帝廟」の始まりとされています。」

始めて中国式の参拝を体験した

受付で線香と金紙を購入する。線香は、日本の細くて短いものとは違い、太くて長い花火のような線香で5本が一束になっている。

香炉に1本ずつお線香を供える。関帝廟には5つの香炉があり番号順に従って供える。
線香を供え終わったら神様の前の膝を付く台などに膝を付き、氏名・住所・年齢を心の中で言い、願い事を唱える。

そして最後に1回お辞儀する。これをそれぞれの香炉のまえで行う。都合5回

お礼として神様にお金をお届けするために、金紙を燃やす専用の金炉があるのでそこで燃やす。

建築基準法施行規則等改正

 2023年(令和5年)12月に公布された「建築基準法施行規則等の一部を改正する省令」の施行日は、改正法(2年以内施行)の施行期日と同じ2024年(令和6年)4月1日。

 現在進行形のプロジェクトで、本年4月1日以降に確認申請(本受付)になる案件は対応しておかなければならない。

<建築基準法施行規則 改正の概要>


1、建築確認申請時の添付書類の追加(施行規則第1条の3関係)
建築確認申請時の添付書類について、改正法等により新設された建築基準関係規定の審査に必要な書類 (防火上および避難上支障がない主要構造部を区画する床・壁の位置等を明示した各階平面図等)が追加される。
2、区画された主要構造部の部分の位置等の表示(施行規則第8条の4(新設)関係)
建築基準法第2条第9号の2イに規定する防火上および避難上支障がない主要構造部を有する建築物については、その位置等を建築物の出入口等の見やすい場所に表示することが必要になる。
3、様式の改正(施行規則第2号様式等関係)
耐火建築物に係る主要構造部規制の合理化等に伴い、確認申請書において建築基準法第2条第9号の2イに規定する防火上および避難上支障がない主要構造部を有する建築物であるか否かを明示させる等、様式の改正が行われる。

1番目の防火上および避難上支障がない主要構造部を区画する床・壁の位置等を明示した各階平面図等は、きちんとした設計者は以前から作成していた。

2番目の案内板の表示はサイン計画に盛り込まなければならない。

「方言漢字事典」笹原宏之編著

日本各地を訪れると何と呼んだら良いのわからない地名に出くわす事がある。

話し言葉に方言があるように、漢字にも特定の地域でしか用いられない「方言漢字」があり、多くは地名に見られるのだという。

その土地の人にしか読めないような漢字地名。例えば北海道には、アイヌ語に漢字を当てた地名が各地にある。私は北海道出身なので結構読める方だが、それでも読めない漢字はそれなりにある。

全国を見渡すと方言漢字というのはかなりあるようだ。こうした方言漢字の成り立ちや変遷、使用分布や使用状況について丁寧に解説した事典であり、方言漢字から地域の歴史や文化を知るのにも役に立つ。

例えば東京世田谷区にある「砧」(きぬた)。

この「砧」という地域文字は、地名としてはこの世田谷区にしかないそうである。

「「砧」は、洗濯した布を石などでできた台に載せて、棒で打って柔らかくしたり光沢をだしたりし、またアイロンのように皺(しわ)を伸ばす道具の名である。」「布だけでなく草などを打つこともあり、またそうした行為を指すこともある。」と書かれている。語源はキヌイタ「布板」に由来すると言われているとの事だ。

「砧」が何故 世田谷で地名となったのかはっきりしていない。近隣の調布市に「布田」(ふだ)、「染地」(そめち)など、布の産地を思わせる地名もあるから布の生産に関連性があるのではないかととも言われている。

そもそも「調布」というのも「布」に関係した地名だ。

律令国家の税には、いわゆる現物として租(そ)、庸(よう)、調(ちょう)、出挙(せいこ)があり、力役として雑徭(ざつよう)や兵役(へいえき)があった。「調布」という地名は調のもつとも一般的な品目である麻布の集積地だったのかも知れない。

万葉集巻14、東歌、3373に「多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの子の  ここだかなしき」とある。多摩川に手作り布を晒す情景が、労働歌に詠み込められている。(「坂東の成立 飛鳥・奈良時代」川尻秋生著 205頁)

埼玉県の「埼」(さい、さき)も用例と使用範囲が限定的な地域文字とある。「埼」は陸地が海や湖などに突き出した地形を意味し、神亀三年(726年)の正倉院文書に和同2年(709年)の条で「武蔵国前玉郡(さきたまのこおり)」と確認できるそうだ。歴史好きには、行田市の前玉神社(さきたまじんじゃ)が由来だろうと想起できる。

時々、読み直す事典なのだが、歴史好きには面白くて、たまらない本だ。