「重源」伊藤ていじ 著

 恩師・伊藤ていじの小説である。1994年(平成6年)初版。30年ほど前の本だ。

 恩師の書いた小説だから、当然新刊で買い少し読んだが、当時は中世史の素養がなくて歯がたたなく、少し読んだところで放置していた。やがて家に溢れる本は段ボールに仕舞われ、当時借りていたコンテナに移動されていたが、水害の影響を受け、最下部の段ボールは水浸しになった。この本もその被害にあい、仕方なく廃棄した。

 「先生この本、小説というか研究論文だよ」なんて言ったら、師にあの世から叱責されそうだが、とても読みづらい本なのだ。

 昨秋に中古で買い求め30年ぶりに読み始めたら、あれから中世史の素養ができたのか、わりあい読み進めれた。ただし分厚い本で漢字・漢字で埋め尽くされているので、数ページずつしか読み進まなかった。

重源の生きていた時代は、源平の戦争の時代で、政治的・社会的転換期だった。その中で決して聖僧とは言えない重源が、幾多の反発を押しのけて東大寺の造営を成し遂げたことは驚愕な出来事である。先生は、「そうした中で生きる彼を支えていた人生哲学。洞察力と管理能力。そして途方もない体力。私はそれに惚れ込み、同時にその中に現代の反映を見た。」と書く。

 重源の作善はあまりにも多いが、先生は「そこで私は想像した。彼が手にしたかったのは、常に右往左往しながら自らの存在を確かめ、『時の流れ(道程)』のなかで、人間として充実した人生を持ちたかっただけのことでなかったのか。」と書いている。

 とても蘊蓄(うんちく)のある言葉を残してくれている。

 「親孝行したいときには、親はおらず」「師の教えに報いたいときは、師はおらず」せめて若い人達、次世代の人達の手助けをすることで御返しとしたい。